W・D・レイミー著
松田出訳

 


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III. サウルの王宮におけるダビデ(第一サムエル記16-20)

3番目の大きなストーリーのまとまりは、若い頃のダビデが名を上げてサウルの王宮に入るまでである(概略3)。その前の部分(8章-12章)と似ており、「明−暗」形式の構造を持つ。サムエルによるダビデへの油注ぎ、ゴリアテの撃破、サウルの王宮での名声、ヨナタンとの友情に始まるストーリーだ。中心はその後にくる。前半(A, B, C)と後半(C', B', A')がキアスマスによって並行し、ダビデの立場が逆転したことを示す。ダビデに対するサウルの殺意に満ちた嫉妬と、実際にダビデを殺そうとする行為とが詳しく語られる。構造は他の部分と似ている。

■概略3 サウルの王宮におけるダビデ(第一サムエル記16-20)

A サムエルがダビデに油を注ぐためにラマからベツレヘムへ行く: サウルに殺されることを恐れる(16:1-13)

  B 喜ばしいこと:悪い霊におびえるサウルのためにダビデが立琴をひく(16:14-23)
    −結末:サウルがダビデを愛する

    C ダビデがゴリアテに勝つ(17:1-58)
      −ゴリアテが槍でダビデを殺そうと向かってくる
      −ダビデ、ペリシテの巨人を倒し、その首を戦勝記念とする
      −ゴリアテの殺意が挫折する


      X サウルの王宮におけるダビデの成功(18:1-6)
        −ヨナタン、ダビデを愛する:民はダビデを喜ぶ

    C'サウルがダビデの勝利をたたえる民の歌に嫉妬する(18:7-30)
      −サウルが槍でダビデを殺そうとする
      −ダビデ、ペリシテ人を殺して陽の皮を持ち帰り、ミカルの花嫁料とする
      −サウル、ペリシテ人を用いてダビデを殺そうと謀るが挫折する


  B'悲しむべきこと:悪い霊におびえるサウルのためにダビデが立琴をひく(19:1-17)
    −結末:サウルがダビデに嫉妬し刺客を送り込む:ミカルがダビデを救う

A'ダビデがサウルの殺意からラマのサムエルのもとに逃れる: サムエルとヨナタンがダビデを救う: ダビデ、サウルの王宮へは二度と戻らず、逃亡者となる(19:18-20:42)

ダビデとゴリアテのストーリーは、聖書(少なくとも第一サムエル記)の中で最も有名で愛されるストーリーのひとつだ。8章〜15章に類似のストーリーがあり、両者は下記のように並行している。

  • サウルに対するサムエルの油注ぎ(10:1)〜ナハシュとアモン人に対するサウルの敗北(11:1-11)

  • ダビデに対するサムエルの油注ぎ(16:13)〜ゴリアテとペリシテ人に対するダビデの勝利(16:13)

これらのストーリーは時間順に記述されているわけではない。しかし両者に共通しているのは、勇敢で決断力と軍事的才能に恵まれた王が立てられてすぐにイスラエルに勝利をもたらす、という点である。

ペリシテ人とイスラエル人は谷をはさんで対峙する。その光景が目に浮かぶようだ。両方の陣営からそれぞれの軍勢を代表して男が一人進み出る。ペリシテ人の陣営からゴリアテ(17:4)が、イスラエルの陣営からダビデ(17:40b)が現れる。それぞれの武装が非常に詳しく描写され、その違いは明らかだ(17:5-7; 17:38-40a)。ゴリアテはイスラエルを侮辱し(17:8-10)、イスラエルの陣営には恐れが起こる(17:11)。ダビデはイスラエルの恐れを取り除いて平静をもたらし(17:31-35)、ゴリアテのあざけりに答える(17:36-37)。

■概略3.1 ダビデとゴリアテ(第一サムエル記17:1ー40b)

A ゴリアテが進み出る(4)
  B ゴリアテの武装(5-7)
    C ゴリアテのあざけり(8-10)
      D イスラエルの恐れ(11)
        X ダビデが戦場に現れる(12-31)
      D'「恐れてはならない」(32)
    C'ダビデの答え(33-37)
  B'ダビデの武装(38-40a)
A'ダビデが進み出る(40b)

ストーリーを中断するようにダビデが登場する場面がこのキアスマスの中心だ(12-31)。イスラエルの戦士たちのあきらめ(25)とダビデの憤慨(26)の対比は興味深い。ゴリアテのことをイスラエル人は単に「あの男」と呼び、ダビデは「この割礼を受けていないペリシテ人」と呼ぶ。イスラエル人は、ゴリアテの行いを「イスラエルへの侮辱」と思っていたが、ダビデは「生ける神の軍勢への侮辱」と認識していた。さらにイスラエル人は、ゴリアテを殺すことを「あれを殺す」と単純に言うが、ダビデは「このペリシテ人を打って、イスラエルのそしりをすすぐ」と表現する。

次に、第一サムエル記18:12-30のストーリーを見てみよう。ここは、サウル王のうそ(18:22)が中心だ。サウルはダビデを殺そうと謀る。次の並行に注意したい。

ダビデの固辞(18-19)
 ペリシテ人を使うサウルの策略(17:21)
 ペリシテ人を使うサウルの策略(17:23-24)
義理の息子になるよう勧めるサウルの招き(18:26)

始めと終わりから中心に向かうこのストーリーの流れは強調表現の一種である。

■概略3.2 サウルの裏切り(第一サムエル記18:12-30)

A ダビデの成功を見たサウルの恐れ(12-16)
 −主はダビデとともにおられる
 −全イスラエルとユダがダビデを愛した


  B サウルの約束:メラブを妻として与える(17ab)
    C サウルの策略:ペリシテ人にダビデを殺させるため(17c)
      D ダビデの固辞:サウルの義理の息子にはならない(18-19)
        E ダビデへのミカルの愛:サウルの承認(20)
          F サウルの2番目の策略:ペリシテ人にダビデを殺させよう(21)
            X ダビデに対するサウルの偽善の言葉(22)
          F'サウルの2番目の策略の反復:ペリシテ人にダビデを殺させよう(23-24)
        E'ミカルと結婚するための花嫁料(25a)
      D'ダビデの熱意:サウルの義理の息子になりたい(25b-26a)
    C'サウルの策略が挫折する:ダビデと部下200人のペリシテ人を殺す(26b-27b)
  B'サウルの承認:ダビデとミカルの結婚(27c)
A'ダビデの成功を見たサウルの恐れ(28-30)
 −サウル、ダビデとともに神がおられることを知る
 −ミカル、ダビデを愛する

第一サムエル記18:20-26aの文学的構造はキアスマスである。「C-C'」の並行関係が拮抗して、ダビデが王の義理の息子になるかどうかという状況を作り出している。サウルはダビデに娘との結婚を願い、ダビデは言い寄られる側、という関係になっている。

■概略3.2.1 第一サムエル記18:20-26a

a サウル、ダビデに対するミカルの愛を都合よく思う(20)
  b サウル、ダビデがペリシテ人の手に落ちるように謀る(21)
    c サウル、ダビデに告げる(22-23a)
    c'ダビデ、サウルに告げる(23b-24)
  b'サウル、ダビデがペリシテ人の手に落ちるように謀る(25)
a'ダビデ、王の義理の息子になることを喜ぶ(26a)

18章において、メラブとミカルは登場するたびに「サウルの娘」と称される(17; 19-20; 27-28)。どちらの娘と結婚するにしても、王の家と関係を持つという政治的性質の結婚になることは免れない。いったん結婚が成立すればサウル(またはヨナタン)が死んだ場合、イスラエルにおけるダビデの王座は確かなものになる。

ダビデに対するミカルの「愛」(20; 28)は、ヨナタンの愛(1; 3)と並行している。ここでいわれる「愛」は、両者において契約的ニュアンスを含むことは間違いない。この兄妹は明らかに父よりも父のライバルを愛し、忠実であろうとする。第一サムエル記18章から20章までに現れるストーリーの並行関係は比較することができる。

サウルとダビデは、両方ともミカルとの結婚に関して「ちょうどよい」と思う(20; 26)。理由はそれぞれ異なる。エジプトのパロにとってモーセが「落とし穴」となった(出エジプト10:7)ように、ミカルがダビデにとって「落とし穴」になることを望む(21)。サウルが求める花嫁料はペリシテ人の陽の皮百であり、ダビデはそれを成し遂げられないはずであった(25)。しかしダビデは2倍の数の陽の皮を持ち帰った(27)ため、皮肉なことにサウルの策略は、ダビデに「2番目の花嫁候補」(21)を与えることになった。

サウルは、ミカルを利用した策略を確実なものとするため、わざわざ家来に告げさせてダビデに言う(22)。サウルの命令とは無関係の、家来による自発的な情報提供であることを印象づけるためにそれは「ひそかに」行なわれた。家来たちは、民の実際の反応(16)に調子を合わせてダビデに対する忠誠を強調した。

ダビデの反応(23)は、彼の卑しい生まれ(18)を再び強調する。「ことばに分別がある(16:18)」ことが示される。この箇所にはヘブル語による言葉遊びが含まれている。さらにダビデは自分が「貧しい」ことに言及するが、これは後に預言者ナタンによってダビデを責める言葉として繰り返される(第二サムエル記12:1-4)。

卑しい出自であることを理由にダビデが結婚を辞退しようとするのをサウルは許さない。その一方で、ミカルとの結婚の条件としてさりげなく「ペリシテ人の陽の皮百だけ」という要求を持ち出す(25)。ここで使われているヘブル語の「モハール(mo'har)」は創世記34:12、出エジプト記22:15で使われている単語であり、花婿から花嫁の父親に支払われる花嫁料を指す。

サウルはペリシテ人百人を殺すことを要求するとき、もちろんダビデがペリシテ人に殺されることを望んでいる。同時に「王の敵に復讐する(18:25)」という一石二鳥ももくろんだ(14:24; 士師15:7; 16:28はペリシテ人への復讐に言及した例)。しかし皮肉なことにダビデが「王の敵」となってしまった(18:29; 19:17; 20:13; 24:4,19)。

 
序文
サムエルの誕生と支配(第一サムエル記1-7)
サウルの支配・罪・神の拒絶(第一サムエル記8-15)
サウルの王宮におけるダビデ(第一サムエル記16-20)
ダビデの逃亡(第一サムエル記21-31)
ダビデの王座の確立とサウルの家族への誠実(第二サムエル記1-8)
ダビデの罪とその結末(第二サムエル記9-20)
ダビデの最晩年とソロモンの王位継承(第二サムエル記21-第一列王記2)
 
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