W・D・レイミー著
松田出訳

 


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VI. ダビデの罪とその結末(第二サムエル記9-20)

サムエル記の6番目の大きなストーリーのまとまり(ダビデ王朝の長い歴史)は、ダビデがバテ・シェバについて犯した罪とその恐るべき結末が述べられる(概略6)。読者がストーリーの意味を理解できるように、背景となるメフィボシェテの短いストーリーがはじめに述べられる(第二サムエル記9)。ストーリーは大きく二つのキアスマスに分かれ、どちらも前半七つ、後半七つのアウトラインを持つキアスマスである。キアスマスは、最初がダビデの罪、2番目がその結果、という構成だ。最初のキアスマスの文脈ではアモン人との戦いが、また2番目のキアスマスの文脈では、ヨルダン川東方でのダビデと息子との戦いが述べられる。

■概略6 ダビデの罪とその結果(第二サムエル記9-20)

[パート1 ダビデの罪(第二サムエル記9:1-12:31)]

導入:メフィボシェテとツィバ(9:1-13)

 a ダビデ、サウルの家の生き残りに恵みを施そうとする(1)
   b ダビデ、サウルの家のしもべツィバに語る(2-5)
     x ダビデ、メフィボシェテへの好意を示す(6-8)
   b'ダビデ、サウルの家のしもべツィバに語る(9-11a)
 a'ダビデ、サウルの家の生き残りに恵みを施す(11b-13)
A アモン人との戦い(10:1-19)
  B ダビデがバテ・シェバを見て罪を犯す:バテ・シェバ身ごもる(11:1-5)
    C ダビデ、自らの罪を隠す(11:6-27)
      X 神、ダビデの罪を明らかにする(12:1-12)
    C'ダビデ、自らの罪を認める(12:13-15a)
  B'バテ・シェバの子死ぬ:2番目の子ソロモンは生きる(12:15b-25)
A'アモン人に対する勝利(12:26-31)

[パート2 ダビデの罪の結果(第二サムエル記13:1-20:22)]

A アブシャロムの反乱(13:1-15:16)
 −ヨアブと知恵のある女、協力して反逆者アブシャロムを助ける

  B ダビデ、エルサレムを逃れる(15:17-17:29)
   −シムイ、ダビデをのろう:アビシャイ、シムイを殺すようダビデを促す:
    ダビデ、アビシャイを強くいさめる
   −メフィボシェテ、ダビデの苦境を無視する: ツィバとバルジライ、助けを申し出る


    C ダビデ、マハナイムの門にとどまり、戦況報告を待つ(18:1-5)

      X アブシャロム、敗北して死ぬ(18:6-18)

    C'ダビデ、マハナイムの門の近くでアブシャロムの死を知る:
     アブシャロムの死を嘆き悲しむ(18:19-19:8c[18:19-19:9c])

  B'ダビデ、エルサレムに戻る(19:8d-43[19:9d-44])
   −シムイ、あわれみを請う:アビシャイ、シムイを殺すようダビデを促す:
    ダビデ、アビシャイを強くいさめる
   −メフィボシェテ、非難される:ダビデ、ツィバとバルジライに謝意を表す


A'シェバの反乱(20:1-22)
 −ヨアブと知恵のある女、協力して反逆者シェバを殺す
 −結び:ダビデの王宮の役職者(20:23-26)


 a シェバ、ダビデを離れる(1-2)
   b ダビデ、シェバに反撃を開始する3-7)
     x ヨアブ、ライバルのアマサを殺す(8-13)
   b'アベル・ベテ・マアカの知恵のある女がシェバを討つ(14-22a)
 a'ヨアブ、ダビデのもとに帰る(22b)

これらの二つのパートは互いに呼応してダビデにまつわる悲劇を描いている。二つの戦争はいずれもヨルダン川東方で行なわれた。ただし、2番目の戦争は内戦だったという違いがある。また、両者においてダビデは王宮にとどまり、前線からの報告を待つ(両者とも悲報であった)。

両者においてヨアブがダビデの軍団を指揮して勝利を収める。ただし2番目の戦争では、不幸なことにダビデ自身の息子が死ぬ。

両者においてダビデは、ヨアブが命令を実行したかどうか報告を待ちわびる。つまり、最初はウリヤについて、2番目はアブシャロムについてである。最初の戦争でダビデは、バテ・シェバの罪のない夫ウリヤを殺すようヨアブに命じる(ダビデを満足させるためにヨアブはこれを実行する)。2番目の戦争でダビデは、真の反逆者であるアブシャロムを救うようヨアブに命じる(この回ではヨアブは従わず、ダビデは取り乱す)。

両者においてダビデは、息子たちが失われたことを嘆く(アムノン、バテ・シェバの長子、アブシャロム)。また、両者においてイスラエルの指導者が姦淫の罪を犯す。最初はダビデがウリヤの妻と姦淫の罪を犯し、2番目はアブシャロムがダビデのそばめと姦淫の罪を犯す。

ダビデが罪を犯す箇所の概略を見てみよう。10章から12章までの構造は長く複雑だが、その中でも11章は独立している。11:1と12:26-31を見ると、ダビデ、ヨアブ、アモン人、アモン人の王ラバ、そしてエルサレムに関連するストーリーは複雑ではあるが一定の構造があることがわかる。

■概略6.1 ダビデ、主のみこころをそこなう(11:1-12:31)

A ダビデ、ラバの町を包囲するためにヨアブを送る(11:1)
  B ダビデ、バテ・シェバと寝る:バテ・シェバ、身ごもる(11:2-5)
    C ダビデ、ウリヤを戦死させる(11:6-17)
      D ヨアブ、ダビデに使者を送る(11:18-27a)
        X ダビデ、主のみこころをそこなう(11:27b)
      D'主、ダビデに預言者を送る(12:1-14)
    C'主、ダビデの長子を打つ:長子、死ぬ(12:15-23)
  B'ダビデ、バテ・シェバと寝る:バテ・シェバ、身ごもる(12:24-25)
A'ヨアブ、ラバの町を包囲し、ラバを捕えたと報告する(12:26-31)

第二サムエル記13章は、愛(1-2)で始まり憎しみ(21-22)で終わる。ストーリーの中心は、愛が憎しみに転ずる14b-15aの箇所だ。1-22の全体に、統一性のあるはっきりした枠組みがある。アブシャロム、タマル、アムノンの三人は1-22bの「インクルージオ」と呼ばれる形式の反転構造によって始めと終わりが関連づけられている。つまり、13:1でアムノンは愛し、13:22でアムノンは憎まれる。

13章の構造はキアスマスだ(概略6.2)。王位継承者であるアムノンは、意のままに欲しいものを手に入れることができた。立場としてはエデンの園のアダムとエバと同じである。アムノンは、美しく目に慕わしいが禁じられているはずの異母妹を激しく求めた。そのときは失望することなど想像もできなかったが、実際には欲が満たされるやいなや彼女を恋した以上に激しく憎む。

対してタマルは王の娘でありながら、無節操な王子に将来を破壊され、惨めさと失意のうちに取り残される。両者の悲劇は、悪賢いヨナダブの介入によって生み出されたものだ。明らかにヨナダブは意図して問題を起こそうとしている。一方アブシャロムは妹がはずかしめられたことについて復讐を企てるが、このときは平静を装う。

■概略6.2 アムノンがタマルをはずかしめる(第二サムエル記13:1-22)

A アムノン、タマルを恋する(1-2)
  B 悪賢いヨナダブの介入(3-5)
    C タマル、到着する(6-9a)
      D アムノン、家来をその場から去らせる(9b)
        E アムノン、タマルにいっしょに寝るよう命じる:
         タマル、アムノンを思いとどまらせようとする(10-14a)
          X アムノン、タマルをはずかしめてこれと寝る:
               愛が憎しみに変わる(14b-15a)
        E'アムノン、タマルに去るよう命じる:
             タマル、アムノンを思いとどまらせようとする(15b-16)
      D'アムノン、召使を呼ぶ(17)
    C'タマル、追い出される(18-19)
  B'アブシャロムの介入(20)
A'アブシャロム、アムノンを憎む(21-22)

このキアスマスの中心(14b-15a)は、異母妹に対するアムノンのひどい仕打ちを描く。はじめに彼女をとらえ(13:11)、この陰惨な場面の間じゅうアムノンは彼女をとらえ続けていたことが明らかである。

13:15aを直訳で見ると小さなキアスマスであることがわかる。タマルに対して突然生じるアムノンの憎しみが強調される。

a そしてアムノンはタマルをきらった
  b 憎しみにかられて
    c ひどく
      x 非常に確かに
    c'ひどかった
  b'憎しみは
a'彼が彼女を憎んだときの

さらにタマルに対するアブシャロムの助言(13:20)は、アムノンに対するヨナダブの悪知恵による助言(3-5)と並行しており、ヨナダブとアブシャロムそれぞれの助言の関連が強調される。文学的構造からいえば13:20は凝った作りになっている。次のキアスマスを見てみよう。

■第二サムエル記13:20の構造

a 彼女の兄(アブシャロム)
  b おまえの兄(アムノン)
    x 私の妹(タマル)
  b'おまえの兄(アムノン)
a'彼女の兄(アブシャロム)

始めと終わりから中心に向かって配列されるばかりでなく、所有格のくり返しによって登場人物が「人物3→人物2→人物1→人物2→人物3」の順序で示される。タマルが中心に置かれ、その外を悪い兄が取り囲み、さらにその外側を「私の妹」と呼ぶ良い兄が取り囲む。始まりは中心にある。

サムエル記において駆使されている文学技法の特徴は、最小単位のストーリーが二部構成になっていることだ。建築物と同じように、一方が土台、もう一方が建物部分にあたる。例を見てみよう。

■場面の構成(第二サムエル記13:1-22)

ヨナダブ−アムノン
     アムノン−ダビデ
          ダビデ−タマル
              タマル−アムノン
                  アムノン−召使
                       召使−タマル
                          タマル−アブシャロム

13章で用いられた「欲求−欲求充足」というテーマは14章にも現れる。9章から20章まではひとつづきのダビデ王朝の歴史であるが、途中にある13章と14章だけは「欲求−欲求充足」というテーマを持っており、これらの章が独立したストーリーであることがわかる。

14章は、ゲシュルに逃亡したアブシャロムをエルサレムに帰らせようとするヨアブの計画が成功するストーリーだ。14章の登場人物の中では、ヨアブとアブシャロムだけが名前で呼ばれる。ただし14:27でアブシャロムに生まれた娘として紹介されるタマルは例外である。

登場人物はほかに二人いる。一人は「王」(明らかにダビデだが一度も名前は現れない)であり、もう一人は「テコアの知恵ある女」だ。

14:1と14:33は「アブシャロム」という単語で終わる同形式の節である。この二つが枠となってストーリーを包んでいるので、14章は「インクルージオ」形式であることがわかる。ほかに「アブシャロム」という単語で終わる節は14:21しかない。したがって14:21から14:33までは、14章に組み込まれた「子セクション」である。そして子セクションの構造は、14章全体を鏡のように反映する。

それでは、前半の14:1-20は子セクションとして見ることはできるだろうか。始まりの14:1と、終わりの14:20に「知る」(訳注:新改訳では「気づいた」「ご存知ですから」)という単語が含まれている。これによって、ヨアブがダビデの感情を知り(14:1)、ダビデがヨアブの意図を知る(14:20)ことを示す並行関係が表される。

■概略6.3 テコアの女の嘆願が成功する(第二サムエル記14:1-20)

A ヨアブ、「知った」(1)
  B ヨアブ、知恵のある女に指図する(2-3)
    C 女、王に嘆願を始める(4-5a)
      D 第一の嘆願(5b-10)
        X 女、「息子」の命を救う嘆願をして聞き入れられる(11)
      D'第二の嘆願(12-17)
    C'王、女に質問を始める(18-19a)
  B'女、ヨアブの指図だったことを認める(19b)
A'王、「知る」(20)

キアスマスの中心は、知恵のある女の嘆願が王に聞き入れられる箇所だ。これによって女は第二の嘆願への足がかりを得る(12-17)。さらに、女は神について7回言及する(11,13,14,15,17)。

もう一度まとめてみよう。今まで見たように14章はインクルージオ形式だ。つまり、最初の14:1と最後の14:33は、それぞれ「アブシャロム」という単語で終わる文である。そして14:21-33の子セクションも同じインクルージオでくくられている(概略6.4)。

しかし子セクションの中で「アブシャロム」がひんぱんにくり返される(22節と26節だけが「アブシャロム」を欠く)にもかかわらず、鍵となる人物は一貫してヨアブであり、彼は王とその息子の和解を画策し、最終的にそれを成し遂げる。次のように、ヨアブは14章のストーリーに含まれる二つの対話の中心人物である。

  1. 王語る(21)−ヨアブ語る(22)−王語る(24)

  2. アブシャロム語る(30)−ヨアブ語る(31)−アブシャロム語る(32)

■概略6.4 第二サムエル記14:21-33の構造

A 王がヨアブにアブシャロムを連れ戻すよう指示する(21)
  B 王、アブシャロムが王の顔を見ることを禁じる(22-24)
    C アブシャロムの美しさ(25)
      X アブシャロムは髪を毎年刈っていた(26)
    C'アブシャロムの娘の美しさ(27)
  B'アブシャロム、王の顔を拝することを願う(28-32)
A'王、アブシャロムを呼び寄せる(33)

15章から20章までは、ダビデの王朝の歴史のストーリーのうちでも最も長く、範囲がはっきりした箇所である(13章-20章、厳密には13:1-20:22)。13章-14章(「欲求−欲求充足」)のテーマとは異なる「逃亡−帰還」というテーマを持つ。このようなテーマが存在すること自体、この箇所がキアスマス分析にふさわしいことを示している(概略6.5)。

■概略6.5 アブシャロムへのアヒトフェルの助言(第二サムエル記15-20)

A アブシャロム、ダビデに対して反乱を起こす(15:1-12)
  B ダビデ、エルサレムから逃れる(15:13-37)
    C ダビデ、ツィバに好意を示す(16:1-4)
      D シムイ、ダビデをのろう(16:5-14)
        X アヒトフェル、アブシャロムに助言する(16:15-17:29)
      D'ヨアブ、アブシャロムを殺す(18:1-18)
    C'ダビデ、アブシャロムのために喪に服す(18:19-19:8)
  B'ダビデ、エルサレムに戻る(19:9-43)
A'シェバ、ダビデに対して反乱を起こす(20:1-22)

概略6.5の各アウトラインは、さらに細かいキアスマスを含む。たとえば、D(シムイ、ダビデをのろう, 16:5-14)の箇所は次のように展開できる。

■概略6.5.1 第二サムエル記16:5-14

a ダビデ、バフリムに近づく(5a)
  b シムイ、ダビデに石を投げる(5b-6)
    c シムイ、ダビデをのろう(7-8)
      x アビシャイ、シムイの首を取ろうとする(9)
    c'ダビデ、シムイののろいを受け入れる(10-12)
  b'シムイ、ダビデに石を投げる(13)
a'ダビデ、目的地に着く(14)

概略6.5のシェバの反乱(20:1-22)は、アブシャロムの反乱(15:1-12)に対応する。20:6でダビデがアビシャイに語る言葉「今や、ビクリの子シェバは、アブシャロムよりも、もっとひどいわざわいを、われわれにしかけるに違いない。」は、アブシャロムの反乱とシェバの反乱のストーリーを強く対比させる。

20:1と20:22bとは両者とも「彼は角笛を吹き鳴らした」という文で終わっており、インクルージオ形式である。つまり、この2文ではさまれた箇所が、それ以外から区別されることを表す。そしてその内側はキアスマス構造であると推測される。

■概略6.6 第二サムエル記20:1-22b

A シェバ、ダビデから離れる(1-2)
  B ダビデ、シェバの討伐に動き出す(3-7)
    X ヨアブ、ライバルのアマサを殺す(8-13)
  B'アベル・ベテ・マアカの知恵ある女がシェバを討つ(14-22a)
A'ヨアブ、ダビデのもとに帰る(22b)

 
序文
サムエルの誕生と支配(第一サムエル記1-7)
サウルの支配・罪・神の拒絶(第一サムエル記8-15)
サウルの王宮におけるダビデ(第一サムエル記16-20)
ダビデの逃亡(第一サムエル記21-31)
ダビデの王座の確立とサウルの家族への誠実(第二サムエル記1-8)
ダビデの罪とその結末(第二サムエル記9-20)
ダビデの最晩年とソロモンの王位継承(第二サムエル記21-第一列王記2)
 
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