Subject:
Calvin's Sermon on Psalm 65:6-14
From:
"Ken Shiomitsu" <ken@mikunikensetsu.com>
Date:
2001/12/12 12:30
To:
<saiwainet@egroups.co.jp>

今日は、献です。
カルヴァンの詩篇説教集の詩篇65篇6-14の所をまとめました。

毎日での生活の中での必要な物と食品は神の恵みに頼るべきである。
わたしたちには希望があって神が私たちが必要な物私たちに益になる物について
配慮してくださる希望を持っています。この恵みは全世界の人に、信じる人に
も、不信仰な者にも与えられています。私たちはこの恵みに答えて神を求め、こ
の約束により頼まなければいけません。そうすれば神はご自分の身元に至る道を
開いてくださります。
神はいつも不思議な業を通してご自分の教会を導かれます。私たちの目から見え
ば死の門が勝利を治めている用に見えるときがあります。だけど神はそう言う時
思いがけないような業でご自分の教会を救い出します。こういう物事を通して神
はご自分の教会を強められます。ですから私たちは紅海の前に来た時は神の御手
の業を信じて歩んで神に祈りながら歩まなければいけません。神を待ち望み、神
に栄光を帰して、神の真実を信じる義人はくじけることはありません。神の恵み
はすべての人に差し出されその恵みから逃れる事はできません。だがこの恵みに
満ち足りる者はすべての者ではありません。この恵みの約束を受け入れ、信仰に
よって神により頼みさえすれば救われるのです。私たちの救いと信仰は一組なの
である。神のより頼むのを神が望むのは私たちの益のためだと神はみわざを通し
て示してくださる。神のみわざはあらゆる所を見渡せばすぐに見えます。私たち
の見ているすべての物が神のみわざなのです。こういう物や出来事を神を覚えな
がら見る時、神は私たちの信仰は強くされるのです。
私達は常に与えられている一口の食品一滴の水に対して感謝の気持ちを捧げなけ
ればいけません。鈍感になってただ形の祈りを捧げて食べる者は動物以下です。
この大地にあるすべての農作物は、私達が神がどのように私達のために配慮して
くださっているかを悟るために神が置かれたものであります。ほとんどの人間は
神の恵みと配慮に対する気持ちが鈍くてどうしようもなく、品性が卑しいので
す。ですから私達は常にこの大自然や私達に与えられている食べ物を見る時に神
をたたえて神に感謝する気持ちでいっぱいになってなければいけません。私達は
あまりにも鈍感になっているゆえ、大地にある数々の不思議なことや理解できな
いことがいっぱいあることさえ忘れます。私達がそういう不思議な神の御業によ
ることを見る時に栄光を神に帰することを覚えなければいけません。「み足の跡
にはあぶらが滴る」という所は今になっても神はこの世界をうるおしていること
を現します。神はこの世界を創造してから放置していません。すべての動き、す
べての小さな出来事、すべての大きな出来事まで導かれています。神が放置すれ
ば一瞬にしてこの世界は枯れ死するでしょう。この節を見るときもまた神が常に
私達をこの世の人間を養っていることを悟らなければいけません。普通なこと
ばっかりが起こっても私達は鈍感なので神に目を留め神により頼むことを忘れて
しまいます。そういう時神は災難や試練を与える時があります。それを通して神
を信じる者の目が開かれ神により頼む事がどういうことかを再確認させるので
す。
飢えや貧困で苦しんでいるクリスチャンもいます。私達にもそういう時が来るか
もしれません。だがそういう時私たちは誠実に働き、立場と能力に応じて力を尽
くせば神の助けを経験するであろう。悪人は秩序に逆らって貧しい者から奪いぜ
いたくに暮らすかもしれません。そういう時には神がご自分の民にふさわしい試
みを与えていると知るべきです。神の民は神により頼むとき飢えのただ中で、満
ち足りるのです。私達が神により頼む時、神はいたる所で道を開きみ手を差し伸
べて、私達を苦難から引き上げます。貧しい時には神にせつに祈ることは覚えや
すいですが、豊かに与えられている時神により頼むことを忘れがちです。私達は
豊かに与えられている時神により頼むことをしなければいけません。
私達の体が食物を必要とするように私達の魂も食物を必要とします。私達の魂の
食べ物は御言葉、すなわちイエス・キリストのみである。肉体が食事によって力
ずけられ、強められ、働く力が与えられるように魂が弱り果てている時に御言葉
を受け入れれば、私達は新しくされ、すべてを神に捧げようという気力と意欲が
与えられ神のためにすべてを尽くすことが出来ます。神は私達の魂のためにも常
に配慮してくださいます。私達の魂はイエス・キリストのみに養われるのです。
私達の生活のなかで常にイエスを優先しなければいけません。私達は下品で汚れ
ているので聖餐にあずかる時それを汚さないように十分注意しなければいけませ
ん。神の恵みと愛に対する感謝の気持ちにあふれて預からなければならないので
す。私達は肉的恵みを求める前に霊的恵みを目指して毎日の生活を送るように努
力しましょう。

ちょっと長くなりましてすみません。
最後まで読んでくれてありがとうございます!
以上