Subject: 菅野めぐみ |
From: "megumi@kanno.com" <megumi@kanno.com> |
Date: 2010/02/04 9:46 |
To: saiwainet@yahoogroups.jp |
菅野めぐみ 「祈りとは」 「導入」 「祈り」はピリピ人への手紙1:9-11に書かれている。喜んで祈るということは書かれていないけれど、パウロは投獄されているからこそ、喜んで祈って福音を伝える、と1:12で言っている。パウロの祈りは苦しみの中での祈りなのか。何を1:9-11で祈っているのか。 「何を祈っているのか」 ピリピ1:9-11では2つのことを祈っている。1つ目は(知識と識別力によってすぐれたものを見分けることができるようになりますように)と祈っていて、2つ目は(キリストによって与えられる義の実に満たされた者となり、神の御栄と誉れが表されるように)と祈っている。 「パウロの祈りは苦しみの中の祈りなのか」 パウロは福音を苦しみの中で伝えていることがわかるのは1:7節である。1章を最初から読むと、苦しみの中で祈っていることが直接ではないけれども、書かれている。喜ぶことも苦しみの中で喜んでいることが書かれている。