Subject:
テサロニケ人への手紙第一「信仰と愛」
From:
Mikuni Kanno
Date:
2010/02/23 13:59
To:
saiwainet@yahoogroups.jp

テサロニケ人への手紙第一「信仰と愛」 2010.2.23 菅野みくに

   パウロの手紙は、宛先の教会の問題を取り扱い、注意を促していることが多い。しかし、テサロニケ人の教会に宛てて書いている手紙の中で、パウロは何度も彼らをほめている。それは彼らの「信仰」と「愛」についてである。では、テサロニケ人の信仰と愛とはどのようなものなのか。第一の手紙から見てみる。

   テサロニケの教会は激しい苦闘の中にあり、迫害を受けている状態にある。その中でも、彼らが信仰を持ってみことばを受け入れ、互いに愛し合ったことは、マケドニヤとアカヤの模範となった(1:7-8)。このテサロニケの状況をパウロに知らせたのはテモテであった(3:2,6)。彼らの信仰と愛は同じ苦しみの中にあるパウロにとっても慰め、喜びとなったのである(3:7-10)。そこでパウロは、テサロニケの「信仰の働き」と「愛の労苦」を神様に感謝して祈っている(1:3)。

テサロニケの兄弟愛については、パウロが何も書き送る必要がないほど、正しく実行していることである(4:9)。彼らは互いに愛し合うことを神様から教えられた。神様が喜んでくださる歩みは、兄弟を踏みつけたりせずに愛することである(4:1-)。

パウロはテサロニケが今互いに励まし合い、徳を高めあっているように(5:11)、ますますそのように行うことを勧めている(4:10)。パウロは3章12節で「私たちがあなたがたを愛しているように、あなたがたの互いの間の愛を、またすべての人に対する愛を増させ、満ちあふれさせてくださいますように。」と祈っている。テサロニケの互いの愛はパウロの模範から学んだものである。

「信仰」と「愛」は暗やみの者に対して戦うための武器にもなる。私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとしてつけるべきである(5:8)。

   信仰に堅く立ち、互いに愛し合うことは、聖なる者としての歩みである(3:13,4:3,4)。このようなことを行っていれば、キリストが再び来られるときにも御前で責められるところのない者となる。