Subject:
2テサロニケ人への手紙:「3種類の問題人たち」
From:
Miwaza Jemimah
Date:
2010/03/10 7:00
To:
saiwainet@yahoogroups.jp

1テサロニケ人への手紙に続き、この手紙においても、パウロは主の日についてテサロニケ教会に書き送っている。では、なぜ彼らに主の日についての手紙を送る必要があったのか?何が問題となっていたのだろうか?

この手紙からまず分かるのは、主の日とは「主の正しいさばきの日(1:5)」でもある、ということだ。ここで注目すべきなのは、そのさばきが「正しい」という点である。なぜなら、このさばきによって与えられる報いは、悪者への苦しみだけでなく、正しい者にとっては報いとして安息が与えられるという事も含まれているからである。それゆえ、パウロもテサロニケ教会も、正しいさばきがなされる事を待つ間、苦しめる者から迫害を受けていたが(1:4)、その正しいさばきが行われる事をすばらしい望み、そして、パウロが2章16節で言っている通り「永遠の慰め」としていた。また、それにより、彼らの信仰は苦しみの中にあってさらに堅いものとなったのである。

では、正しい者たちにとって主の日が望みであるのならば、苦しめる者たちにとってはどのようなものなのだろうか?主の日にはキリストが御使いたちと共に来られる。しかし、その前に「不法の人(2:3-12)」と呼ばれる「滅びの子(2:3)」が現れるのだ、ということが2章から分かる。彼らは、自分こそ神であると宣言し、人々を惑わし、悪の欺きを行う。これによって、キリストを信じなかった人々は(2:10-11)滅ぼされる事となってしまうのである。彼らは真理を信ぜず、悪を喜んで、偽りを信じたためにさばかれるのである。彼らにとって主の日とは、永遠の滅びの刑罰の日である。これは、主の日が正しい者たちにとって「永遠の慰め」である事の全く反対である。

これは、滅びの人と呼ばれる者についてであるが、主の日の前には、そのさばきの日が既に来たかのように人々を惑わせたり、パウロのふりをした偽りの手紙を送る、という「偽パウロ」のような人たちも問題となっていたようだ。彼らは、教会の人々を間違った教えによって扇動したりしていたので、パウロはこの手紙の最後で、自分がこの手紙を書いた、ということをあえて書き足しているほどである。

実は、主の日に関係する事で問題となっている人々は、この二種類の人々だけでなく、もう一つの種類の人々がいる。それは、教会の中の人々で、主の日が来るから、といって働きをやめ「締まりのない歩み方」をしている、と言われている者たちであり、パウロは彼らに仕事をし、自分で稼いだパンを食べるように、と注意している。しかし、パウロはあくまでも彼らのようなものを、敵としてではなく兄弟として戒めるようにと教えている。

これらの事から、この手紙が送られた時に問題となっていたのが、主の日についてのことであり、更に、その日に関連して三つの種類の人々が問題となっていたのだ、ということが明らかになる。一つは、主の日の前に現れる「滅びの人」と呼ばれる者、二つ目は「偽パウロ」のような人々、そして、三つ目が締まりのない歩み方をしている兄弟たちである。パウロはそれぞれの人に対する対処を教えると共に、神様御自身が悪い者から守ってくださるのだ、と励ましている。

実際にテサロニケ教会の人々は、このような問題の人々が現れる中でも、望みを持ち、信仰を堅く保って、愛を増し加えていた。それゆえ、パウロは彼らにますますその信仰を強め、信仰の働きをするようにと命じている。これが、2テサロニケで取り扱われている「主の日」に関する問題、とその解決なのである。