Subject: ヤコブの手紙小論文<行いと信仰の関係> |
From: Kento Aoki |
Date: 2010/03/25 9:24 |
To: saiwainet |
<行いと信仰の関係> 行いの無い信仰はむなしい、行いがなければ信仰があっても意味がない。このフレーズは何度もヤコブの手紙で繰り返される。だが、この言い方は「行いではなく、信仰だけが大事」というような箇所(ガラテヤ5:6等)と矛盾しているかのようにも見える。実は、この二つの「信仰」と「行い」をつなげるヒントはマタイ5-7章の山上の説教にある。なぜなら、ヤコブの手紙と山上の説教はお互いを説明しあうかのように連動しており、比べながら読むとヤコブの手紙だけでは説明されていない部分が明らかになってくるからだ。 律法の行いで救われるのではない、律法学者やパリサイ人の義に勝るものでなければならない 信仰の行い=山上の説教にあるキリストが成就された律法(天の御国の律法)を守る 天の父からの報いを求める 天の御国の裁き、裁かれるのは自分から 主のみこころを行う者は岩の上に家を建てた人 ーつづく、否、つづけるー