Subject:
ヤコブの手紙「舌を制御する完全な人」
From:
Shinya Daniel Kanno
Date:
2010/04/09 10:14
To:
Saiwainet

「舌を制御する完全な人」 菅野審也 2010.04.09

ヤコブの手紙で、舌について取り扱われていることは、多くの人が知っているこ
とだろう。その話の中で、「ことばで失敗しない人がいるなら、その人はからだ
全体を制御できる完全な人である」(3:2)ということが言われており、舌を正し
く制御するようにというヤコブの兄弟たちに対する命令がある。では、ヤコブの
手紙全体におけるこの命令の位置づけ、またこの命令の意味は何なのだろうか。

ヤコブの手紙は全体を1:2-27、2:1-26、3:1-4:10、4:11-5:20の四つに分けるこ
とができ、知恵と律法というテーマが二回繰り返される形になっている。最初と
三つ目の段落では、知恵がテーマとなっており、二つ目と四つ目の段落では、律
法がテーマとなっている。律法がテーマとなっている二つの段落においては、そ
れぞれ大きな違いがあり、特に最初の方は、対神様、すなわち、神様に対する信
仰について話されている。最後の段落は、対兄弟ということで、「互いに」とい
うことばが繰り返されている。最後の段落においては、対兄弟であるということ
が非常にはっきりとしており、その段落の概略において、「互いに悪口を言い
合ってはいけません」(4:11)という言い方と、「互いにつぶやき合ってはいけま
せん」(5:9)という言い方がそれぞれ出だしとなっている。

舌を制御することについては、一段落目と三段落目で、「聞くこと」と並行して
話されており、これらの段落からは、聞くことや舌の話を通して、上からの知
恵、また上からのことばについて教えられている。この手紙を送られているユダ
ヤ人たちは苦しい状態にあり、何か問題となっていることがあるが、その問題と
は、「人の欲による誘惑」と「悪魔による敵対心」の二つであると言える。そこ
で、ヤコブは問題の解決として、ユダヤ人たちに、誘惑に対しては完全な者とな
ること、敵対心に対しては平和をつくることを命じている。では、そのような問
題に直面しているユダヤ人たちにとって、舌を制御するとはどのような意味を持
つのだろうか。

ヤコブの手紙の中では、忍耐の模範として、ヨブが具体的な人物としてあげられ
ている。そのヨブの人生において、彼が舌を制御したことについてはっきりとヨ
ブ記2章10節に書かれている。その箇所で、ヨブの妻は、彼に対して「神をの
ろって死になさい」ということを言ったが、ヨブはこのようになっても、罪を犯
すようなことは口にしなかったということが言われている。ヨブはユダヤ人たち
と同じように苦しい状態に置かれても、口を制し、かえって自分の友人たちに対
して正しく答えた。

舌を制御することについて考えるときには、キリストが荒野でサタンから試みを
受けられた時のストーリーともつなげて考えなければならない。このとき、サタ
ンはいくつか聖書から引用し、神の言葉を使って、キリストを試したわけだが、
キリストもこのような試みに会ったときにこそ、かえって舌を正しく用い、みこ
とばからサタンに答えられた。このように、キリストご自身も私たちに模範を示
してくださった。

このようなわけで、ヨブの人生からも、キリストの模範からも教えられるよう
に、舌を制御するということは、苦しみの中にあって忍耐するということの具体
的なあらわれであることがわかる。すなわち、その舌をもって「主であり父であ
る方をほめたたえる」ということ(3:9)、また「互いに罪を言い表し、互いのた
めに祈る」こと(5:16)、これがからだ全体をりっぱに制御できる完全な人として
の在り方である。

-- Shinya Daniel@KannoFamily  mailto:+shinya@kanno.com :)