Subject:
テトスへの手紙「良いわざに熱心なご自分の民」
From:
Shinya Daniel Kanno
Date:
2010/04/15 17:34
To:
Saiwainet

「良いわざに熱心なご自分の民」 菅野審也 2010.04.15

「良いわざ」という言い方が5回も出てきており、それが一つの特徴とも考えら
れるテトスへの手紙には、テトスに対する「良いわざを行う人を長老として任命
するように」という命令や(1:5)、「人々が良いわざに励むことを心がけるよう
になるように」という命令がある(3:8)。では、なぜ、ここまでテトスには「良
いわざ」を行うことが求められているのか。良いわざを行うことの意味は何なの
だろうか。

パウロがこの手紙を送ったテトスとは、教会の中でリーダーの立場におり、その
教会の長老たち、また監督たちを任命するという働きが与えられている。このこ
とについては、手紙の最初でも明らかにされており、テトスをクレテに残してき
たのは、パウロが指図したように「町ごとに長老たちを任命する」ためであった
とパウロがはっきりと書いているとおりである(1:5)。ここで、パウロはテトス
が長老たちを任命するにあたって、いくつかの条件をあげているわけだが、その
条件とは、すなわち、非難されるべきところのない者であること、家族を良く治
め、慎み深く、正しく、かつ敬虔な生活を送っている者であることである(1:6-
9)。パウロがここまでテトスに教会のリーダーを任命することを求めているのに
は大きな理由があった。それは、このような正しい長老たちが任命されることに
よって、健全な教えをもって教会を励ますためであり、逆に反対する者たちに対
してはその人たちを正したりするためであった(1:9)。

この条件について、テトスへの手紙全体通して考えるときには、2章でテトスに
命令されていることとのつながりで考える必要がある。2章では、老人たち(2:
2)、年をとった婦人たち(2:3-5)、若い人々(2:6-8)、そして奴隷等(2:9-10)、対
象者がはっきりと定められていて、それぞれの人たちに対して、慎み深くあるよ
うに(2:2, 2:5)、また敬虔にふるまうように(2:3)、非難されるべきところのな
い者であるように(2:8)等と長老たちを任命する時の条件の中でも言われていた
ことが教えられている。これらの教えとは一言でまとめると「良いわざ」である
と考えられるのだが、テトスはまず自分自身がこれらの良いわざの模範となるこ
とが求められている。
なぜなら、当時、教会には反抗的な者、空想に走る者、人を惑わす者など多くお
り、特に割礼を受けた者たちが良いわざに不適格な生活を送っているということ
が問題となっていた(1:10-11)。テトスは正しい長老たちを任命し、自分自身の
良いわざの模範となることによって、彼らの口を封じ、彼らが支配者たちに服従
し、すべての良いわざを進んでする者となるためであった(3:1)。

テトスが、また教会がこのように、良いわざに励む者とならなければならないの
には、もう一つの大きな理由があった。それは、私たちはみな永遠の昔から約束
されていた永遠のいのちの望みに基づいて(1:2, 3:7)、不法から贖い出され、良
いわざに熱心なキリストの民として、きよめられたからであり(2:14)、私たちが
慎み深く、正しく、敬虔に生活し、良いわざを行うことによって、私たちの救い
主であるキリスト・イエスの栄光が現わされるためである。

「キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法
から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためで
した。」テトスへの手紙2:14

-- Shinya Daniel@KannoFamily  mailto:+shinya@kanno.com :)