Subject:
ヘブル:「~しようではありませんか」
From:
Miwaza Jemimah
Date:
2010/05/26 21:05
To:
saiwainet@yahoogroups.jp

パウロはヘブル人に対して書き送ったこの手紙において「~しようではありませんか(4:1, 11, 14, 16, 6:1, 10:22-24,
12:1, 12:28, 13:13,
15)」という言い方を多用し、人々を励ました。この言い方は12回も使われていることからも、これはこの手紙の一つの特徴だと言って良いだろう。では、パウロはこの手紙を通して「なにをするように」と人々を励ましたのだろうか?

~しようではありませんか

「~しようではありませんか」という言い方が初めて使われているのは、神の安息に入ることに関して書かれている4章1節である。4章11節も同じく、安息についての段落でこの言い方が使われているのだが、安息に関してパウロはなにを命じたのだろうか?それを知るためには、まず「安息」が何を指すものなのかを知る必要がある。そこで、この言葉が使われている段落を分析してみると、パウロが言っている「安息」とは二つの事を指していることがわかる。一つは、モーセの時代の事(3:16-19)、そして、もう一つは私たちがこれから入ると約束されている安息のことである(4:1)。

だから、神の安息にあずかる約束がまだ続いているのに、取り残されてしまったと思われる者があなたがたのうちから出ないように、気をつけましょう。
- ヘブル人への手紙4:1

安息に入ることができなかった人々

モーセの時代のイスラエルの民は御声を聞かず、罪を犯したために、御怒りを引き起こし(3:16-17)、その不信仰のために安息にはいることを赦されなかった。彼らは自分の悪い行いのために、約束されていた安息を自ら捨ててしまったのである。そこで、パウロは彼らの二の舞になることがないように、と私たちに教えているのである。それゆえ、パウロは約束が残されている今、信仰を守り、神から離れることなく、信仰の先祖達の模範に習った歩みをするように(11:1-40)、と人々を励ましている。