・2:1-11のキリストがご自分を低くして死にまで従われたという箇所や、3:20の私たちの国籍は天にありますという箇所は有名である。
・全体的に「喜びなさい」ということが強調されている。
・テサロニケ人への手紙第一でも喜び、祈り、感謝が命じられている。
・この手紙では「わたしは」という言い方が繰り返されていて、個人的に感じる。身近に感じる。
■概略:
・全体は4つに分ける。
・恵みがともにあるようにで始まり、終わる。
・大きなテーマは十字架の模範と励まし
・キリストの模範、パウロの模範、ピリピの模範
・キリストの模範にパウロがならい、パウロの模範にピリピがならい、ピリピの模範に私たちがならわなければならない。
・十字架の模範に従うなら与えられる栄冠
・1:9-11の祈りは概略を分けるときに鍵になっている。
・1:9-11の祈りは二つのポイントに分けることが出来る。
1.真の知識によって愛が豊かになること
2.さばきの日に義の実に満たされて神の栄光を現すものとなる
■迫害されている時に喜ぶ
・新しい約束である山上の説教(マタイ5:10-12)に「迫害されている時に喜びなさい」ということが命じられている
・具体的なストーリーでみると
・使徒16:11~:パウロとシラスが投獄されているとき
16:25 神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると・・・
獄中で賛美していて人が救われるという、この出来事はピリピで起こった
・使徒4章でもペテロとヨハネが復活を述べ伝えて牢に入れられている。その時、ペテロは聖霊に満たされて大胆に語った。
このストーリーでも投獄時に大胆に神様のみことばを語っている。
・使徒22,23,24,26章でパウロは投獄→弁明ということを繰り返している。
全世界に福音を述べ伝えることはパウロの使命である。
・迫害されていてもがっかりしてはいけない
・迫害されている時に問題になるのはバラバラになってしまうことである。
・戦いにおいて強いチームは一致している。
・一致を保つことは迫害に対して戦うことになる。
・戦いのときに喜び、祈り、感謝することは、すべてのことに対処する「秘訣」である。(4:11~)
・迫害という戦いの中で戦うべきポイントを真の知識を持って見分けなければならない。
(戦いの中心は割礼の有無ではないということ)
・迫害に対する戦い方→互いに仕え合う=兄弟愛を持つ
・キリストが十字架でされたと同じように
■十字架の苦しみ
・キリストと同じ十字架の苦しみを受けていることを喜ぶ
・十字架のときに弟子たちは恥ずかしくなって、ばらばらに散っていってしまった。
・3:21は個人一人一人の話ではあるが教会の話としても当てはめることが出来る。
・キリストのからだは教会であるので、教会が栄光に満ちたものとなる。
■「犬」の誘惑
・異邦人の教会なので、本来は割礼の話にはならないはずであるが...
・3章では割礼についての誘惑がある。自分たちがクリスチャンであるという目に見える証拠がほしい。
・そのような誘惑に負けてはいけない。それらは「損」である。
・キリストの復活の望みにこそ栄光がある。
・十字架と復活を信じている人たちは何を望みにしているのかを知らなければならない。
・この戦いはまだ終わっておらず、栄冠を受けていないが、最後まで走ることによって栄冠を受け、平安な義の実を結ぶことができる。
・まだ栄冠を受けていないからと途中であきらめてはいけない。