Subject:
詩篇115篇 死んだら賛美しない(ケイヤ)
From:
Date:
2002/12/25 13:05
To:
<saiwainet@egroups.co.jp>

こんにちは、+Kanno Keiyaです。

115:7の言い方をクロスリファレンスで調べて、その詩篇と比べました。

●詩篇6篇

115篇では詩人は攻撃されて、弱っているという状態ではないが、6篇の詩人は神の怒
りによって疲れ、恐れ、泣いている。その時に5節で死んだら神を賛美しないと訴え
ている。

●詩篇30篇

この詩篇は救われたあとの感謝の詩篇である。ここでの中心テーマは神に賛美し、感
謝することである。救ってくださったあとにも賛美し、賛美するために救いを求めて
いる。

●詩篇88篇

ここで詩人はもう穴、墓の中に入っている状態である。それは6篇と同じ理由であっ
て、神が怒っているからである。神は怒って、孤独にしている。それに対して115篇
ではずっと「私たち」という言い方をし、イスラエル、アロン、主を恐れる者を助け
てくださり、祝福してくださると書いてある。

●イザヤ書38:10-20(ヒゼキヤの詩篇)

ここはヒゼキヤが病気から回復したあとに祈った祈りである。内容を読むと病気であ
るということは穴の中にいたということで、そしてずっと信頼し、祈っていたら助け
られたので20節で115:18と同じテーマである「とこしえまでも賛美する」と祈る。

●気が付いたこと

・今日の聖書研究で、最近の詩篇をやっていると、2つの詩篇がつながっているとい
うことがよくあることが分かって、115篇も116篇と一緒に見ると興味深いことが分
かった。116:15を見ると死んだら賛美しないと言っていたのに、聖徒たちの死を主は
尊ぶとあった。

・115篇をいれて5箇所を見ましたが、すべて自分の罪のために神が怒っている時に
祈っている訴えである。それらの詩篇を見ると特に敵はでてこない。神と詩人の関係
が強調されている。

まだ途中です。

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+Keiya@Kanno Family
E-mail: keiya@kanno.com
May God Bless you!!
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