Subject: 詩篇136篇 研究のための下ごしらえ(ケイヤ) |
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Date: 2003/05/19 11:40 |
To: <saiwainet@egroups.co.jp> |
こんにちは、+Keiya Kannoです。
●構造
1 主に感謝せよ
2-3 神の神、主の主
4 大いなる不思議を行う
5-22 具体的な大いなる不思議
5-9 天地創造
10-15 出エジプト
16-22 荒野と入カナン
23-25 救いと祝福
26 天の神
●構造の説明
1節で大きな賛美への招きをする。
そして2-3で神は最も偉大な方であることを告白する。これは神がどのような方であ
るかを言う時の大切なことである。
4節で神は大いなる不思議を行われる方であることを告白し、その「大いなる不思
議」が5-22に具体的な歴史において説明されている。それは創造、出エジプト、荒
野、入カナンである。
そして23-25ではイスラエルの歴史全体において神が行われたことについて書かれて
いる。
最後の26節は結論で、この言い方において本物の神であるということを表している。
その「神に感謝する」ということは最初の1-3に戻っている。
●100字文
ご自分の民を創造し、救ってくださる主に感謝し、そのような方に恵みがとこしえに
あるように。
●問い
・この詩篇は典型的な礼拝を導く者の賛美への招きと会衆の応答になっている。しか
し、ヘブル語を見ると応答と賛美への招きという反対の順番になっている。これでも
その歌い方は成り立つのか?
・いつの時代に書かれた詩篇なのか?これが分かるといつこれらの歴史を思い出して
いるのかが分かる。また23節からの言い方とも⇒6番目参照
・なぜ、都上りの詩篇ではないのか?
・135篇には似ているテーマがあるが、構造は似ているのか?
・なぜ、エジプトで行われた10の災いの中で、最後の初子に対するさばきだけが書か
れているのか?
・22節まではすぐに歴史的背景とつながるが、23節からがよく分からない。そこは特
定の歴史的背景を指しているのか?それともイスラエルの歴史全体のことを指してい
るのか?
・なぜ、最後の結論で他の言い方ではなく「天の神」という言い方をするのか?
●気が付いたこと
・135篇と対比されているテーマがたくさんある。
・問いの6番目で問題になっていた23節からを特定の歴史として考えるなら、順番的
に23,25節は士師記の時代のようである。歴史全体のこととして考えるなら、敵から
の救いと基本的な祝福について書かれていると考えることができる。
●おすすめ研究
・135篇のテーマ、構造、中心ポイントの対比
・「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。」という言い方を歴史書の中で見
る。
・神の神、主の主という言い方を聖書の中で見て、どのようなストーリーで使われて
いるのかを見る。
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+Keiya@Kanno Family
E-mail: keiya@kanno.com
May God Bless You!
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