Subject: 詩篇8篇とヨブ記6-7、詩篇144篇の対比(ケイヤ) |
From: "keiya@keiyakanno.com" <keiya@kanno.com> |
Date: 2003/11/13 14:11 |
To: <saiwainet@egroups.co.jp> |
こんにちは、+KannoKeiyaです。 4節にでてくる言い方はこの詩篇以外に2箇所ある。1つはヨブ記7:17で、もう1つは詩 篇144:3である。それらの周辺と詩篇8篇を比べました。 ●ヨブ記6-7 6章からヨブの話は始まる。 ヨブは自分が激しい言葉を話しているのは苦しみのためであると3人の友に対して反 論している。そして神がこの苦しみを通して自分に何をしようとしているのかを理解 できたら、自分はこの苦しみの中でも喜ぶと告白する。それからヨブは自分の「力」 について話す。彼は自分にどのような力があるから神はこのようにしているのかと問 う。そしてこのような時に友が裏切ったことも悲しんでいる。人の人生はとても短 く、息のようである。それなのに主はヨブに目を留め、苦しめている。それをヨブは 訴えている。 ●詩篇144篇 ダビデはまず主を賛美するが、その賛美の内容は主が自分の「手」と「指」を強くし てくださり、やぐら、岩となってくださったからである。それは敵と戦い、彼らをさ ばくためである。そのあとに詩人は人は影、息のようであると告白する。そして18篇 と同じ言い方でさばきを求める。そのさばきのあとに詩人は新しい時代の歌、救いの 賛美を歌う。そして悪者の「手」から救われ、子孫、家畜、産物が祝福されるように 祈り、幸いなるかなで終わる。 -------------------------------- +KeiyaKanno mailto:keiya@kanno.com http://keiyakanno.com/ May God Bless You! --------------------------------