Subject: 詩篇13篇と詩篇30篇の対比(ケイヤ) |
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Date: 2003/12/18 13:42 |
To: <saiwainet@egroups.co.jp> |
こんにちは、+KannoKeiyaです。 詩篇13篇と詩篇30篇を対比し、似ているところ、違うところを見ました。 ●全体的な関係 30篇にも敵はでてくるが、全体的に詩人が主に対して直接怒られていることが問題の ように見える。それに対して13篇では敵の攻撃のほうが強調されているように見え る。 ●構造 単純に13篇と30篇の構造を見ると逆になっているように見える。30篇で詩人はまず7 節ぐらいまで救われたことを感謝している。しかし、8節ぐらいからまた詩人は苦し みの中にいる。12節の最後に感謝があるが、それも苦しみの中で歌っているとも考え られる。それに対して13篇では1-4で詩人は主に祈り、助けを求めている。まだ救わ れていない。しかし、5-6になると詩人は主を賛美し、祝福してくださったことを感 謝している。 ●敵の喜び このテーマは両方の詩篇にはっきりとでてくる。 詩篇30篇で詩人は最初から主を賛美し、あがめている。その理由の最初にでてくるの は主が詩人の敵を喜ばせなかったということである。詩篇13篇では詩人はまだ苦しみ の中にいるので、敵が勝利して、歓喜しないようにと願っている。 ●殺さない 30篇の詩人は主が自分のたましいをよみから引き上げ、穴に落とさないで生かしてく ださった。また詩人のいのちは主の恵みの中にあるとも言われている。8節では苦し みの中で祈っているが、自分を死なせないでくださいと願っている理由としてその死 は意味がないと言っている。13篇の詩人は主が忘れ、見ていないようなので、彼の 心、たましいは悲しんでいる。それで彼は主に願い、見てくださいと願っている。そ れは彼が死なないためである。 神は詩人が永遠の眠りにつかないようにしてくださっている。それで30篇では朝明け の賛美をすることができる。 ●揺らぐ、よろめく 30篇で詩人は自分が栄えていた時の状態も書いてある。その時に彼は自分が絶対にゆ るがされないと言っていた。しかし、それは本物ではないので、ゆらぐことがある。 それで13篇で詩人は主にこそ拠り頼むべきであると悟った。それで彼は主に祈り、自 分が揺らいで敵が喜ぶことのないようにと願う。 ●御顔を隠す 30篇の7節は13篇との関係で見ると興味深い。詩人は主が御顔を隠している時におじ 惑っていた。彼は栄えた時にゆるがないと言っていたのに、ゆらいでしまったのであ る。13篇ではその顔を隠すことについてもっと詳しく知ることができる。詩人は主に 御顔を隠さないでくださいと願っているのは、自分が死なないためである。主が顔を 隠して、見ないなら死んでしまう。そのために揺らぐのである。 ●悲しみが喜びに 30篇で詩人は嘆いていたが、それを喜びに変えてくださったと喜んでいる。13篇では そのテーマは2節と5節にある。2節で「私の心」はずっと悲しんでいるが、5節の「私 の心」は主の救いを喜び、歌っている。 また30篇のたましいは喜んで黙ることがないが、13篇で詩人は苦しみの中にいる時は 彼のたましいは思い計っている。 -------------------------------- +KeiyaKanno mailto:keiya@kanno.com http://keiyakanno.com/ May God Bless You! --------------------------------