こんばんは、+じゅんママです。
ミカの7章に詩篇42-43篇と似ている点がありました。
7:7 しかし、私は主を仰ぎ見、私の救いの神を待ち望む。
7:8 主が私の光…
7:9 私は主の激しい怒りを身に受けている。私が主に罪を犯したからだ。
しかし、それは、主が私の訴えを取り上げ、私を正しくさばいてくださるまでだ。
主は私を光に連れ出し、私はその義を見ることができる。
7:10 …「あたたの神、主は、どこにいるのか」と言った私の敵は、これを見て恥に包まれる。…
そして、7章の最後(18-20)に、神様のいつくしみ深さがかかれています。
あなたのような神が、ほかにあるでしょうか。
あなたは、咎を赦し、
ご自分のものである残りの者のために、
そむきの罪を見過ごされ、
怒りをいつまでも持ち続けず、
いつくしみを喜ばれるからです。
もう一度、私たちをあわれみ、
私たちの咎を踏みつけて、
すべての罪を海の深みに投げ入れてください。
・・・・・・
「罪を海の深みに投げ入れてください」という箇所は、
詩篇42:7の「大滝、淵、主の大波」によって、罪がさばかれると同じに、
その罪が捨てられるという、主のいつくしみなのかな、とも思いました。
ノアの洪水で、民の罪がさばかれ、世界が再創造されたことも連想します。