Subject:
詩篇30篇 ヒゼキヤのストーリー
From:
Miwaza Kanno
Date:
2004/04/23 12:07
To:
saiwainet@yahoogroups.jp

みーちゃんです。

詩篇30篇とヒゼキヤの病気について短くまとめました。

詩篇30篇の全体のテーマとして、病気が癒されたときの祈りという人が、多くいますが、最初に詩篇30篇を見ると、全然その意味がわかりません。しかし、どんどん研究して行くうちにその意味がわかります。例えば、病気が罪との関係も考えられるということもしらなければいけません。しかし、病気がいつも罪からくるというわけではありません。

罪というのは信仰の話です。その信仰と病気の話のつながりがよくわかるストーリーとは、ヒゼキヤの病気の話です。ヒゼキヤは病気になって、なおらないと言われた時に、神様に祈り助けを求めました。神様はその祈りに答え、彼の命を15年延ばしてくださいました。

神様はヒゼキヤの祈りに答えてくださる時に、理由としてアッシリアから民を救うためであると言っています。また、反対にヒゼキヤは祈る時に、理由として自分は神様に正しく仕えたので癒してくださいと祈っています。ここで、病気と信仰の関係が見られます。また、ヒゼキヤは神様に病気の癒しを求める時に、ただ、もっと長く生きたいからなどという理由で救いを求めたのではなく、国の救いのための祈りだったのです。

ヒゼキヤは国の救いを求めて、自分がもう少し長く、その国を正しくおさめることを求めたのです。それは、彼の息子であるマナセを見ても分かります。彼はとても悪い王でした、そのために、ヒゼキヤが死んでしまったら、国が滅びてしまうという意味があるのです。ヒゼキヤは病気が癒された時に、”神の宮にもう一度上れる印は何ですか?”と言いましたが、それもまた、詩篇30篇につながっているのではないでしょうか?