Subject: 詩篇39篇 クロスリファレンス |
From: "+mikuni@kanno.com" <mikuniML@kanno.com> |
Date: 2004/07/01 11:43 |
To: <saiwainet@yahoogroups.jp> |
こんにちは。菅野みくにです。 今日は詩篇39篇のクロスリファレンスに出てくる、新約聖書の箇所をみんなで見たの で、説明を書きました。 ■ヤコブ3:2,5-12 わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである。もし、言葉の上であやまちのな い人があれば、そういう人は、全身をも制御することのできる完全な人である。 それと同じく、舌は小さな器官ではあるが、よく大言壮語する。見よ、ごく小さな火 でも、非常に大きな森を燃やすではないか。 舌は火である。不義の世界である。舌は、わたしたちの器官の一つとしてそなえられ たものであるが、全身を汚し、生存の車輪を燃やし、自らは地獄の火で焼かれる。 あらゆる種類の獣、鳥、這うもの、海の生物は、すべて人類に制せられるし、また制 せられてきた。 ところが、舌を制しうる人は、ひとりもいない。それは、制しにくい悪であって、死 の毒に満ちている。 わたしたちは、この舌で父なる主をさんびし、また、その同じ舌で、神にかたどって 造られた人間をのろっている。 同じ口から、さんびとのろいとが出て来る。わたしの兄弟たちよ。このような事は、 あるべきでない。 泉が、甘い水と苦い水とを、同じ穴からふき出すことがあろうか。 わたしの兄弟たちよ。いちじくの木がオリブの実を結び、ぶどうの木がいちじくの実 を結ぶことができようか。塩水も、甘い水を出すことはできない。 ・この箇所は有名な口を制するという箇所である。下は小さな帰還ではあるが、よく 大言壮語してしまう。舌を制することが出来る者は、主を賛美するべきである。 ■ルカによる福音書24:32 彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったと き、お互の心が内に燃えたではないか」。 ・ここで言っている心がうちに燃えたと言うことと、詩篇39篇の心が私のうちで暑く なり、火は燃え上がったというのは少し違うと思う。 ■第一コリント7:31 世と交渉のある者は、それに深入りしないようにすべきである。なぜなら、この世の 有様は過ぎ去るからである。 ・この世はすべて過ぎ去ってしまう。詩篇39篇6節からのクロスリファレンス。 ■ヤコブ1:10-11 また、富んでいる者は、自分が低くされたことを喜ぶがよい。富んでいる者は、草花 のように過ぎ去るからである。 たとえば、太陽が上って熱風をおくると、草を枯らす。そしてその花は落ち、その美 しい姿は消えうせてしまう。それと同じように、富んでいる者も、その一生の旅なか ばで没落するであろう。 ・富んでいる者は草や花のように過ぎ去る。ヤコブ書を見ると、富んでいる、貧しい ということばがたくさん出てくる。 ■第一ペテロ1:24-25 「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。 しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。あなたが たに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。 ・人はみな草のよう、花のようである。しかし、主のことばはとこしえに変わらない という有名な箇所です。 ■ヘブル人への手紙11:13 これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることは ありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であ ることを告白していたのです。 ・アブラハムは旅人であり寄留者であることを告白しました。彼は実際には約束のも のを見ませんでした。 --------------------------- +かんのみくに@カンノファミリー mailto:mikuni@kanno.com http://mikuni.net/ お手紙好きのくーちゃん ---------------------------