Subject: 詩篇50篇 聖書研究 |
From: "Shou Itou" <shou_itou@parkcity.ne.jp> |
Date: 2004/09/15 11:39 |
To: <saiwainet@yahoogroups.jp> |
こんにちは、+イトウショウです。 本日の聖書研究をまとめました。 構造は導入と内容である。内容の1つめの言い方と2つめの言い方は同じである。詩篇 49篇と似ている。 7-13節は良い人についてで、16-22節は悪者についてにみえるが、どちらも同じ人物 である。前半は礼拝の罪であり、後半は実際の罪であるので、後半の方が悪く見え る。 この様な人物はパリサイ人である。彼らは偽善者である。彼らは自分では罪を犯さな いが、罪を犯している者と一緒になる。16-22節の人々はすごく悪く見えるが、実際 にひどい罪を犯しているということは書かれていない。この様な箇所からは、悪を一 番表すものが言葉であるということがわかる。 7-13節の人も偽善である。神に対する偽善である。後半も神に対する偽善である。前 半は形式主義、儀式だけを重要視している。前半は礼拝における形式主義、後半は実 生活での形式主義である。後半の悪者は偶像礼拝者である。 前半は十戒の1-5(神に対する罪)を指し、後半は十戒の6-10の兄弟に対する罪を表 す。 導入部分の1-6の部分は1-3節と4-6節に分かれる。その中では1節が誰を(集める)、 2-3節が何をするか(裁く)である。後半は4-5節が誰を(集める)、6節が何を(裁 く)である。 4-5節が悪者の前半につながる。3節の裁きについては悪者の後半につながる。 14-15節の結論は7-13節につながる。23節は16-22節につながる。両方のつながりは、 誓いを果たすことと、道を正しくするということである。 ┌-------------------------------------┐ Shou Itou mailto:shou_itou@parkcity.ne.jp May The Lord Be With You!! └-------------------------------------┘