Subject:
詩篇53篇と詩篇52篇の関係(ケイヤ)
From:
Date:
2004/10/06 12:53
To:
<saiwainet@yahoogroups.jp>

こんにちは、+KeiyaKannoです。

詩篇53篇のほとんどは詩篇14篇と同じであるということは周知の通りである。同じで
はない53:5と14:5, 6でさえも同じことを別の観点から書いているだけである。もし
このように似ている詩篇が隣り合わせになっているなら、同じことを別の観点から言
いたいのだろうということが考えられるが、完全に離れている場所で、それぞれ別の
巻物にあるということは、詩篇53篇と詩篇14篇を通して第1巻と第2巻のつながりを考
えよというように解釈できる。しかし、ただ詩篇53篇と詩篇14篇を比べても分からな
いので、それぞれの詩篇の前後関係を見てから、関係を見なければならない。詩篇14
篇を見た時には詩篇13篇との関係を見たので、今日は詩篇53篇と詩篇52篇の関係を見
ました。

●概略

先週学んだ時にこの詩篇の構造ははっきりしなかったが、大きく分けると1-5と6-9の
2つになることは明らかであった。

1-4で勇士と呼ばれている悪者は舌による言葉の攻撃を得意としていて、それを誇っ
ている。しかし、5節で主は彼を根こそぎにして滅ぼされるのである。それを見た正
しい者は6-7で恐れる。彼は悪者とは違い主に拠り頼んでいるので、8節で主の家に
あってオリーブのように茂るのである。そして9節でそのように茂らせてくださった
神を賛美することになる。

●詩篇53篇との関係

詩篇52篇の概略を踏まえた上で詩篇53篇との関係を見ると次のようなことが分かる。

まず1節で愚か者は神はいないと言って不正を行っているが、このことは詩篇52篇か
ら具体的に見ることができる。愚か者は神はいないと言って自分の悪を誇るのであ
る。彼は神は誇りではないと考え、自分の言葉を愛している。彼らは善を行ったりす
るのではなく、善の反対の悪を愛しているのである。

このように傲慢な者たちに対して神はさばきをなされる。詩篇52篇で神は直接彼らを
さばかれるが、詩篇53篇ではそれが明白ではない。しかし、彼らに対するさばきは彼
らに恥を見させるということであることが書かれている。これは詩篇52篇に書かれて
いる誇りを滅ぼすということである。

両方とも最後に正しい者が戻ってきたり、祝福されるというテーマがある。詩篇52篇
では正しい者が祝福され、主の家で主の御名を待ち望むが、詩篇53篇では神がとりこ
を帰されるのである。

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+KeiyaKanno
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