Subject: 詩篇67篇 祝福について(ケイヤ) |
From: "keiya@kanno.com" <keiya@kanno.com> |
Date: 2005/01/19 11:43 |
To: saiwainet@yahoogroups.jp |
こんにちは、+KeiyaKannoです。 続けて祝福という言葉がでてくる聖書箇所を見て、祝福について考えました。今 日は特に詩篇の中から見ました。今日見た箇所には王についてのテーマが何度か でてきたのは興味深いことである。 ●詩篇5:12 詩篇で最初に「祝福」という言葉が直接でてくるのはこの箇所である。 この詩篇で詩人は主を王と呼び、助けを求めている。彼は主が悪を絶対に喜ば ず、忌み嫌われることを知っているのでこのように祈っている。しかし、詩人は 主の宮で礼拝し、賛美するのである。それは主が正しい者を愛し、祝福してくだ さるからである。この箇所から祝福には悪者からの救いが含まれていることと、 神が愛してくださるということが一緒であるということが分かる。 ●詩篇10:3 悪者が高慢であり、弱い者たちを臆することなく攻撃し、彼らを滅ぼそうとして いることに対して詩人は祈っている。彼らは神はいないと思っているので、その ようなことをするが、主はさばきをなし、王として支配されるのである。悪者は 貪欲であるということが祝福という言葉である。彼らは祝福されているのに、そ れを感謝することをせずに、神を捨てるのである。 ●詩篇16:7 詩人は主を祝福する、ほめたたえるということがこの詩篇にでてくる。この詩篇 はまず主に守りを求める所から始まる。この守るということは祝福を考える時に 大切な民数記6:24-26のアロンの祝福の箇所にでてくるテーマである。詩人は主 に守ってくださるように求めると主はゆるがないようにしてくださるのである。 それで主を祝福し、永遠に賛美することができるのである。 ●詩篇18:46 この詩篇は主がとりでとなってくださり、その力を持って天から降りてこられる というテーマで有名である。主は降りてきて正しい者と悪者をさばかれるのであ る。主は正しい者を祝福するが、悪者をさばかれた。それで詩人は主を賛美する のである。