Subject:
詩篇69篇と詩篇102篇(ケイヤ)
From:
"keiya@kanno.com" <keiya@kanno.com>
Date:
2005/02/02 11:59
To:
saiwainet@yahoogroups.jp

こんにちは、+KeiyaKannoです。

今日の通読で読んだ詩篇102篇には詩篇69篇に似ているようなテーマがあったの
で、どのようなテーマが似ているのか、また似ていない箇所はどこかを考えました。

●詩篇102篇の概略

詩人は祈りを聞いてくださいと主に願って苦しんでいる。彼は本当に苦しんでい
るので、体は惨めになってしまった。敵はそしり、また神は怒っている。彼は完
全にしおれているが、主は祈りを忘れず、シオンを建て直してくださるのであ
る。主は永遠に助けてくださるので、国々は賛美せよと言って招く。

●似ている、または似ていない部分

両方の詩篇で詩人は苦しんでいる。詩篇69篇では苦しみが泥沼に沈んでいるとい
うことで表現されている。詩篇102篇ではこの苦しみが体が惨めであり、飢えて
いるということを通して表現されている。

詩人が求めていることの共通していることの1つは神が御顔を向けてくださるこ
とである。それは69:16と102:2にでてくる。このように顔を向けてくださること
を求めるのは義しいさばきが行われることを求めているということである。

敵は一貫して詩人をそしるという攻撃をしている。詩篇69篇では6-12, 19-20に
まとまってでてくる。詩篇102篇では直接書かれているのは8節だけである。

詩篇69篇では敵がそしりの攻撃をしてくるということが強調されているが、詩篇
102篇では主の怒りによっても攻撃されているということが言及されている。

詩篇69篇でも詩篇102篇でも詩人は個人的な攻撃を受けているように見えるが、
そうではない。それは救いの箇所を見ると明らかである。彼は救いとして求めて
いるのが、シオンを建て直すということである。彼が苦しんでいるのは主の住ま
いであるシオンが弱くなっているということである。

102篇で特に強調されているのは詩人が弱くなっていることと、神が御座におい
てすべてを支配しておられるということが対比されているということである。こ
のことは直接詩篇69篇にはでてこないが、神は貧しい者、捕らわれ人を救ってく
ださるということによって表されているということが言える。

これらの詩篇の結論は両方とも詩人の子孫が地を相続し、シオンに住むというこ
とである。

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+KeiyaKanno
mailto:keiya@kanno.com
May God bless you!
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