Subject:
詩篇76篇 仮庵(将)
From:
Shou Itou
Date:
2005/03/23 8:24
To:
"+saiwai.net" <saiwainet@yahoogroups.jp>

こんにちは、+イトウショウです。

この詩篇に出ている「仮庵」についてみました。この言葉はモーセの律法に出て
くる「仮庵(04908や05520、0168)」とは違う言葉で、旧約聖書にこの詩篇の箇
所を除いて3回しか出てきません。

●詩篇10:9
彼は茂みの中の獅子のように「隠れ場」で待ち伏せている。彼は悩む人を捕らえ
ようと待ち伏せる。悩む人を、その網にかけて捕らえてしまう。

この箇所のニュアンスは、今回の詩篇とは少し違うように見える。この箇所に書
かれているのは悪者の仮庵についてであり、詩篇10篇には、悪者の行いがたくさ
んかかれている。悪者は、悩む者や貧しい者を迫害し、自分を神として三位一体
の唯一なる神を否定しているので、その悪は徹底的に探し出されて裁かれる。そ
れは神が、悩む者と貧しいもの救う神であるからである。

●詩篇27:5
それは、主が、悩みの日に私を「隠れ場」に隠し、その幕屋のひそかな所に私を
かくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ。

詩人は何事にもまして一つのことを求めていると語るが、それは主の家に住むこ
とである。主の家に住むことは地上の日々に優り、その隅に住むことだけでも地
上の何処よりも優るのである。主を恐れるものが主の家に住んでいると、主は彼
を守られるので、彼は主を賛美するようになる。

●エレミヤ書25:38
主は、若獅子の怒りのように、仮庵を捨てた。主の燃える剣、主の燃える怒りに
よって、彼らの国が荒れ果てるからだ。

南のユダは長年にわたって偶像礼拝をし続けてきたので、忍耐強くイスラエルの
悔い改めを待ち望んでおられた主は、ついにイスラエルへの燃える怒りをあらわ
にされた。その怒りは主の神殿に対するもので、主はその神殿を捨てて荒れ果て
させる。

-- Shou Itou E-Mail: shou_itou@parkcity.ne.jp