+ちゃんくんです。
今週もいつもどおり、手がかりが何かを見てから構造を考えた。
一篇、一篇進むごとに、むずかしくなってくる。むりやりにはできない。
私たちはまず、最初は祝福の状態から落ちた、だから、また、祝福の状態に戻らなければならない。
毎週聖餐式のときに言われるように、罪を悔い改めるだけではなく、感謝の心も持つ。
真ん中の状態があるかのように思ってしまうが、そうではない。
1-6節の中では救いということばが返すということばにおいてあらわされている。
7-13節には救いという言葉が直接出てくる。
怒りがやめられて、そのままではない。そこから祝福の状態へと移される。
十字架といったときに、復活は含まれている。
だれも、ずっとこの世にいたいとは言わない。だれもが、天国に行きたい。
構造を考えるときに7-13節のところがとくにこまった。
また、その中でも7-9節のつながりにこまった。
1節のところの新改訳にある恵みということばはヘブル語の、原文にはない。
また、1節の御国ということばはあるが、地ということばである。
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+審也@カンノファミリー
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