+ちゃんくんです。
「私はわざわいを恐れることはない」ということについて見ました。
私はわざわいを恐れることはないと言ったときに、詩篇の中で一番最初に思い出すのは、23篇である。
23篇の私は死のかげの谷を歩くことがあっても、わざわいを恐れないという言い方である。
ゼパニヤ書3:15節に、主はあなたのただ中にいるので、あなたはわざわいを恐れないという言い方が出てくる。
民数記23:21節にも神様はともにいてくださるので、イスラエルはわざわいを見ることはないという言い方もある。
詩篇の中でわざわいということばがつかわれるときは、ほとんどはわざわいは降りかからないという話である。
主を恐れるのならいのちに至り、わざわいに会うことはないということが箴言19:23節で言われている。
詩篇41:1で幸いないことよ。弱っているものは、その人はわざわいから守られるとも言われている。
自分で、私は代々にわたってわざわいに会わないといっているものは、わざわいの日に恐れることになる。
このようなとき、彼らは恥を見る。しかし、正しい者はわざわいを恐れることはない。
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+審也@カンノファミリー
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