Subject:
詩篇93篇「水曜日の聖書研究」
From:
"+ShinyaKanno" <shinya@kanno.com>
Date:
2005/07/27 10:26
To:
"Saiwainet" <saiwainet@yahoogroups.jp>

+ちゃんくんです。

昨日考えた構造は伊藤将節のわけかたと同じである。
伊藤将節の構造ではとこしえと力ということばの並行がめだっていることがわかる。
神様の座は契約の箱である。契約の箱は別の言い方で証の箱とも呼ばれる。

これはABABにしたときの2節と5節の並行である。
93篇全体から主は王であられるということについて教えられる。
主は王であるということはどのようなことなのか。

主は力強い支配者である。その力はことばにある。力であることばによって世界は堅く立てられる。
この三つのことにおいて主は王であられるということがあらわされている。
もし、神様の言うことがかわるのであれば、私たちは信頼することはできない。

しかし、神様の言ったことは絶対にかわらない。だから、世界も堅く立っている。
3節の新改訳で川と訳されていることばは、ヘブル語では洪水ということばである。
この洪水ということばは川とも訳すことができる。

3節の川が声をあげるのあげるということばは94:2節の立ち上がると同じことばである。
立ち上がるということばを聞いたときに、最初に民数記10:35節を思い出す。
川といったときに、ちょろちょろした川のことではない。

エデンの園から流れていた四つの川も93:3節に出てくる川と同じことばである。
川ということばをさがしたときに、創世記2:10節が一番最初に出てくる。
創世記2:10節ではエデンの園から流れていた四つの川の話をしている。

エゼキエル43:2節にはその音は大水のとどろきのようであったと出てくる。
この箇所は川ということばをさがしたときに出てきた。川ということばは直接は3節にある。
黙示録22:1節はすごく93篇に似ている。いのちの水の川は御座から流れている。

今日は聖書研究の時に大水のとどろきについて見なければならない。
このテーマを見るときにだいたい神様の声というのが出てくる。

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+審也@カンノファミリー
 mailto:shinya@kanno.com
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