+ちゃんくんです。
詩篇103篇の構造を考えました。
■テーマ:
わがたましいよ。主をほめたたえよ
人は短いが、神様の恵みはとこしえである
神様はあわれむ深く、怒るのにおそい
神はいつまでも怒ってはおられない。
主はすべてを統べ治めておられる
■構造
A 1-6節 わがたましいよ。主をほめたたえよ。 主は正義とさばきを行われる
B 7-12節 私たちの罪に対する怒りは短い
B 13-18節 人の日は短い、しかし、主の恵みはとこしえである
A 19-22節 民よ。主をほめたたえよ
■気がついたこと、手がかり:
5節のあなたの若さはわしのように新しくなるという言い方はイザヤ書40章30節を思い出す。
6節と19節は主は王であるということをあらわす言い方である。
8-10節は出エジプト記34章の主の御名の言い方である。
11節は詩篇57篇の10節を思い出す。
15-16節はイザヤ書40章6節、第一ペテロ1章24節にある。詩篇1篇も思い出す。
11節、12節、13節の書き方がすごく似ている。
11節と14節と17節の頭に接続詞がある。
11節と12節と13節の形が似ているというところを強調すると、14節のキーがあってうしろのほうまでつながることになってしまう。
他の詩篇をやっていればわかるように、同じ内容だからと言って、全部がつながっているわけでもない。
わざとわけることもよくある。だから、14-16節もわけて、14までで、15節からということも考えることができる。
1-5節のところではわがたましいよ。主をほめたたえよと個人的である。
しかし、20-22節は民よ。主をほめたたえよということが言われている。
個人的と言ったときに、この人はだれになるのか。王様ということになるのだろう。
6節と19節は構造を考えるときにすごく飛び出しているように見える。
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+審也@カンノファミリー
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