Subject: 詩篇57篇の問と気が付いたこと(ケイヤ) |
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Date: 2001/10/15 11:43 |
To: "EGP +saiwai.net" <saiwainet@egroups.co.jp> |
こんにちは、+カンノケイヤです。 問 1)なぜ、恵みとまことを送られているのに、敵の中にいるのか?ここは救いのあと か、救いの途中か?(3節) 2)なぜ、獅子、貪り食う者の中で横になることになってしまったのか?なぜ、詩人 はここまで攻撃されているのか?(4節) 3)なぜ、琴、暁に「目をさませ」と言うのか?このようなものに目をさませという のはどういう意味か?(8節) 気が付いたこと 1)57篇の題に書いてある「洞窟」は詩篇56に調べた「穴」の話とつながってい る。 2)1節の「神よ。私をあわれんでください。私をあわれんでください。」という言 い方は7節の「神よ。私の心はゆるぎません。私の心はゆるぎません。」と同じ文章 構成になっている。この1節の最初と7節の最初はキアスマスのようになってい て、~してください、~しません。神よ。~してください、~しません。となってい る。 3)1節の「御翼の陰」の話は申命記32:11にでてくる。そこでエジプトから連 れ出されて、荒野の中にいたときに神は御翼を持って守ってくださった。 4)4節の「獅子の中にいます」はあきらかにダニエルの話である。ダニエルは獅子 がいる「穴」にいた。 5)4節の「人の子らをむさぼり食う者」は詩篇14:4、53:4の「パンを食ら う」という話と似ている。 6)56:4と10、11に同じ言い方があったように、57:5、11にも同じ言 い方がある。 7)7-11は詩篇108:1-5と全く同じである。その詩篇108:6-13は 詩篇60:5-12と同じである。そうすると57篇と詩篇60はつながっているの か? 8)10節の「恵みとまことは大きい」という言い方は詩篇36:5、103:11 にでてくる。 -------------------------------- +カンノケイヤ@カンノファミリー mailto:keiya@kanno.com --------------------------------