Subject:
詩篇109篇「連想すべき箇所」
From:
"+ShinyaKanno" <shinya@kanno.com>
Date:
2005/11/24 11:47
To:
"saiwainet" <saiwainet@yahoogroups.jp>

+ちゃんくんです。

109篇の連想すべき箇所を見ました。

22篇と内容が似ているということは気がつかなければならない。
22篇のほうが私は国々の民の中で賛美しますというのが長い。
しかし、109篇では敵どものそしりについてのほうが長い。

のろうことを愛したので、のろいが返ってくるというのは、
アブラハム契約を思い出す。アブラハム契約の中で、私はのろう者をのろうと言われた。(創世記12)

善にかえて悪といったときにバラクがのろうために連れてこられたのに、祝福してしまったというところが多い。
しかし、ちゃんくんはアビガイルの夫ナバルがやったところを一番最初に思い出した。
バラクのところが聖書の中で一番最初の善にかえて悪を報いるという箇所である。

詩人は13-15節のところで悪者たちの名を消してくださいと神様に訴えている。
黙示録3章で勝利を得る者の名は決していのちの書から消されることはないと言われている。

25節の彼らは見て頭を振りますという言い方はキリストの十字架上での苦しみを思い出す。
すべてのものはみなイエスから離れて、頭をふって、ののしった。

敵のそしりのことばについて一番よく書かれているのが、
ヒゼキヤに対するセナケリブのことばと、ダビデに対するゴリアテのことばである。
第一サムエル記17章のところで神の民を冒涜することは、神を冒涜することであると言われている。

出エジプト記22章14節で、神様の怒りのために、妻はやもめとなり、子供はみなしごとなるということが言われている。

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+審也@カンノファミリー
 mailto:shinya@kanno.com
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