Subject:
詩篇118篇「主の御名によって来る人」
From:
"+ShinyaKanno" <shinya@kanno.com>
Date:
2006/01/18 12:00
To:
"saiwainet" <saiwainet@yahoogroups.jp>

+ちゃんくんです。

主の御名によって来るということについて福音書から見ました。

詩篇118篇26節「主の御名によって来る人」

■マタイによる福音書21章9節

「ダビデの子にホサナ。
祝福あれ。主の御名によって来られる方に。
ホサナ。いと高きところに。」

ここではメサイアのことをダビデの子という呼び方をしている。
この言い方のあとに、42節で、118篇の22節、23節の引用がある。
ダビデの子にホサナという言い方の前にはイザヤ書62章11節、ゼカリヤ書9:9節の引用がある。

祭司長、律法学者たちはキリストがエルサレムにはいられたときに、
民がみな「ホサナ。ダビデの子に」と叫んでいるのを聞いて腹を立てた。

■マタイによる福音書23章39節

「あなたがたに告げます。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に。』とあなたがたが言うときまで、
あなたがたは今後決して私を見ることはありません。」

忌まわしいものだと言って、パリサイ人たちをキリストがしかられたあとに、この話がある。
パリサイ人の話は山上の説教の真福八端の反対である。

■マルコによる福音書11章9節

「ホサナ。
祝福あれ。主の御名によって来られる方に。
祝福あれ。いま来た、われらの父ダビデの国に。
ホサナ。いと高き所に。」

ここでは直接主の御名によって来られる方にという言い方をつかっている。
この箇所のあとにもまた、同じように詩篇118篇の22節の引用がある。
ここではイザヤ書とゼカリヤ書の引用は得には書かれていない。

■ルカによる福音書13章35節

見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。
わたしはあなたがたに言います。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に。』
とあなたがたの言うとときまでは、あなたがたは決して私を見ることができません。

ここもマタイによる福音書23章と同じことを言っている。
この言い方の前にとくにパリサイ人について言っているわけでもない。
マタイによる福音書23章ほどはっきりとその話をしているわけではない。

■ルカによる福音書19章38節

こう言った。
「祝福あれ。主の御名によって来られる王に。
天には平和。栄光はいと高きところに。」

ルカによる福音書の場合はパリサイ人についての話が先にきて、
キリストのエルサレム入場の話があとにきている。
マタイによる福音書とは反対になっている。

キリストはまずエルサレムに入られたあとに、神殿に行って、
その中で、商売人たちをそこから追い出された話が出てくる。

■ヨハネによる福音書12章13節

しゅろの枝を取って、出迎えのために出て行った。そして大声で叫んだ。
「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。」

ここでも直接主の御名によって来られる方にという言い方がつかわれている。
その後にイザヤ書とゼカリヤ書の引用がある。
そのあとに、はとくには神殿から追い出す話はない。
また、その前の話にはキリストの足に高価な油をぬった話もある。

ヨハネによる福音書12章1節を見ればわかるように、これは過越の祭りの六日前の話である。

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