Subject: 詩篇123篇 もういっぱい(ケイヤ) |
From: "keiya@kanno.com" <keiya@kanno.com> |
Date: 2006/02/23 11:44 |
To: saiwainet@yahoogroups.jp |
こんにちは、+KeiyaKannoです。 この詩篇で詩人は「さげすみ」で満ちて、満腹になっている。そのことの意味は 何かを研究しました。この言葉を見ると分かるのは、食べて満ち足りるという意 味だということである。それでさげすみで満ち足りているということは、食べ物 がなくなり、敵にばかにされている状態だという意味である。 ■出エジプト記16章 エジプトを脱出し、紅海を渡ったイスラエルの民は荒野に入った。その時に彼ら はモーセとアロンに対して文句を言い、パンと肉が食べたいと言う。それで、主 は朝にはパンで満ち足りるようにしてくださった。それはイスラエルの民が荒野 にいる40年の間毎日与えられた。 ■レビ記26章 神は、イスラエルの民が契約を守らず、命令に従わないなら、のろいを与えられ ると言われる。主は契約の復讐をし、どんなにパンを食べても満ち足りないよう にされる。 ■申命記6章 主が与えられた命令を民は守り、主を心から愛さなければならない。その時に主 は祝福を与え、満たしてくださるが、絶対に忘れてはならないのは、主がエジプ トの地から助け出してくださったことである。 ■申命記8章 民は、食べて満ち足りた時に、自分の手でやったと言って、主を忘れてはならな い。主は荒野から民を連れ出し、マナを与えられたことを覚え、みことばを守ら なければならない。-- +KeiyaKanno mailto:keiya@kanno.com O give thanks unto the LORD; for he is good; for his mercy endureth for ever. 1 Chronicles 16:34