Subject: 詩篇126篇「水曜日の聖書研究」 |
From: +ShinyaKanno |
Date: 2006/03/15 11:02 |
To: saiwainet |
+ちゃんくんです。 ■詩篇126篇の訳 1節はシオンそのもの場所が回復されたときの話で、4節は囚人が帰されたと きという話をしている。 1節のクロスリファレンスに直訳で、繁栄を回復するというのがある。 戦争状態の場所に戻っても、別に喜べない。 1節と4節がどちらとも、囚人が戻されるということであっても並行している ことはわかる。 1節で、直接「夢」ということばを使っている。 ■詩篇126篇の構造 2節と3節の大いなることとは、シオンが回復するということである。 4節のネゲブとはヘブル語では南ということばである。(南に荒野がある) 荒野の水のない場所に、水がどーっと来る。(ネゲブの流れ) 5節と6節は同じことによって並行している。 2節の前半の詳しいことが2節の後半3節で話されている。 同じように、5節の詳しいことが6節で話されている。 6節の喜び叫びながら帰ってくるというのは大切なことである。 ここの帰ってくるということばは、4節の帰ってくるということばと同じである。 ネゲブの流れとは突然起こるということも意味している。 ■捕らわれ人が帰される 捕らわれ人が帰されることは非常に大きなことである。 この大いなることは、何日もかかることではなく、すぐに、急に起こることで ある。 出エジプトのみわざも、何日もかかったわけではなく、すぐに水がわかれて、 またすぐに水が戻った。 申命記30章でも捕らわれ人がどこに散らされていても、帰すということが約 束されている。 神様の怒りによって、捕らわれ人となってしまった。 神様の怒りは、民の罪によるものである。 126篇には神様の怒りということについて書かれていない。 しかし、125篇で、まがった道にそれるものを不法を行う者とともに連れ去 れるということがある。 私たちは帰されて、神様の御声に聞き従わなければならない。 このことは申命記30章で命じられている。 神様の命令は、遠くかけ離れたものでもなく、簡単なものである。 あなたこそ、私の神ですということが、神様からの命令で、私たちの聞き従う べきものである。 ------------------------------------- +審也@カンノファミリー mailto:shinya@kanno.com -------------------------------------