Subject: 詩篇137篇「火曜日の聖書研究」 |
From: +shinya@kanno.com |
Date: 2006/06/06 10:45 |
To: saiwainet@yahoogroups.jp |
+ちゃんくんです。 137篇「火曜日の聖書研究」06/06/06 ■構造 ・1ー4せつと5ー6節のつながり 1ー4節はシオンの歌を歌えないということを言っている。 5ー6節はエルサレムの歌を歌えなくなったら、さばかれてもよいと言っている。 この二つはこう考えると矛盾しているかのようである。 1ー4節はシオン、5ー6節はエルサレムになっている。 思い出すと忘れるという並行もある。 どちらとも、歌えないというのにはかわりはない。 1ー4節には敵がいる。 この敵はエルサレムが恥を見るように攻撃してくる。 それだから、7節で「裸にせよ」と言う。 敵はエルサレムのことを忘れてはいない。 5ー6節のことを敵は知っている。 シオンの歌を歌えないかのような状態にあるというのが1ー4節。 忘れたら歌えなくなるというのが5ー6節。 そうすると、シオンの歌とは勝利の歌であるということがわかる。 ■子供を打ちつける 実際にエルサレムの子供たちもそのように攻撃された。 キリストが生まれたときも、モーセが生まれたときにも同じ事件がある。 エドム人と言われるヘロデがキリストを殺すように命じた。 ルカによる福音書19章44節で子供を地にたたきつける日が来るということが言わ れている。 137篇を読むときに、私たちはこのような祈りはしてはならないと言ってしまう。 この考え方はすごくまちがっている。 137篇を学ぶときにはエルサレムが破壊されたということを嘆いている哀歌を見な ければならない。 また、哀歌を読むときに、黙示録ともいっしょに学ばなければならないことがわかる 。 ------------------------------------- +審也@カンノファミリー mailto:shinya@kanno.com -------------------------------------