Subject: Re: [saiwainet] 詩篇36篇(じゅんママ) |
From: "Saito@COSMOS" <cosmos@ca2.so-net.ne.jp> |
Date: 2001/05/23 0:40 |
To: saiwainet@egroups.co.jp |
斎藤です。 2節について、カルヴァンの詩篇註解書では以下のように訳されています。 (文語訳もおもねると訳しています。) 彼はその不義が憎むべきものとわかるまでは、 その目の前でみずからにおもねるからである。 ある人は、 彼自身でさえも、みずからの邪悪さが憎むべきものである ことに気づく と解するが、カルヴァンは次のような意味であると書いています。 悪しき者らは、その悪行が暴露され、万人の目に明らかとなるとき、 全ての人々によって憎まれるが、しかも少しも不快になるどころか むしろ反対に、全ての人々が彼らを退け、その悪しき生き方を 嫌悪するとき、みずからを褒め称える。 これは菅野さんが言われているのと同じ意味になると思いますが いかがでしょうか。 <kanno@kanno.com>さん:
mailto:kanno@kanno.com http://saiwai.net/ -------------------------------------+カンノパパです。 じゅんママさんは、いつも、よく観察しているので感心しています。 色塗りと構造がばらばらになってしまうことが多いのですが、 色塗りが生かされているのがわかります。 私は、じゅんママさんとほぼ同じで、7bをDの中に入れる概略でしたが(おへそは斎藤光君と同じ)、 「人」には、気が付きませんでした。次のCの頭にすべきかもしれません。検討中です。 5-6は、創造で、8-9は、エデンの園という対比かなと思います。 エデンの園は、黙示録の神殿につながりますね。 ◆感想 ・2節の新改訳「おのれの咎を見つけ出し、それを憎むことで。」は正しいことに聞こえてしまう。ミルトスの「自分の目に自分を偽っているから 自分の悪を認めることもそれを憎むこともできない。」の方がわかりやすいと思う。 ミルトスの訳は、新共同訳です。新共同訳も役に立ちますね。 ただ、ここは、否定形ではありませんので、新改訳でよいと思います。 「いやあ、私は、ほんとうにひどいやつなんですよ。だから、あなたよりも、罪についてはよーくわかるんです。」というようなことは、何度も聞いたことがあります。 だれか、註解書を見てくれませんか? ------------------------------------- +カンノパパ@さいわいネット voice:0422-41-9917 eFax:1-916-314-8292