W・D・レイミー著
松田出訳

 


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ストーリー全体構造

■ヨセフ物語のキアスマス構造(37:2-50:21)

導入(37:1-2)
A ヨセフに対する兄弟たちの敵意(37:1-11)
  B ヨセフの死を告げられ、ヤコブ嘆き悲しむ(37:12-36)
    C 休止:ユダとタマル(38:1-26)
      D 予期せぬ反転(38:27-39:23)
        E ヨセフの知恵(40:1-42:57)
          F エジプトへ下る(43:1-46:7)
            X イスラエルの系図(46:8-27)
          F'エジプトでの生活(46:28-47:12)
        E'ヨセフの知恵(47:13-26)
      D'予期せぬ反転(48:1-22)
    C'休止:ヤコブ、息子らを祝福する(49:1-28)
  B'ヤコブ死ぬ。ヨセフが埋葬する(49:29-50:14)
A'ヨセフ、兄弟たちに念を押す(50:15-26)

反転のテーマが存在することを確認するために、二つの大きな要素(創世記37:3-46:7と46:29-50:26)の間にある重要な対応関係を見てみよう。ふたごの兄弟ペレツとゼラフのストーリー(創世記38:27-30)では、長子が自らその座を捨てるが、これは第二子が長子の上に置かれたエフライムとマナセのストーリーに対応する(創世記48:13-22)。次に、ヨセフがポティファルから受けた不公平な仕打ち(創世記39)は、ヨセフの父が12人の兄弟の中でヨセフだけに与えた「不公平な」祝福(創世記48:1-12)と対照的だ。このように互いに反転するようなテーマの対が存在する(概略のDとD')。前者では長子と第二子の位置が反転し、後者ではヨセフが受けた扱いの有利/不利が反転している。

さらに創世記42-45はある程度まで創世記46:28-47:12に対応する。創世記42-45ではヤコブはまずヨセフの兄弟たちをエジプトに送り出し、彼らがヨセフによって間者の疑いをかけられて後、ベニヤミンとともに再び彼らを送り出す。彼らはヨセフにだまされ、彼の家の管理者にとらえられるが、ヨセフが正体を明らかにした後に解放される。それからヤコブ自身がエジプトに向けて出発する。

創世記46:28-47:12では、ヤコブは前準備のために先にユダを送り出す(前に彼がベニヤミンの保証人という責任を負ったように)。ヨセフは彼らを歓待する(前者では脅迫だった)。そしてヨセフのしもべにとらえられるかわりに、ヨセフの上に立つエジプトのパロに引き合わせられる。前者ではヤコブはエジプトに向けて出発したところで終わっているが、この箇所では、ヤコブが最も良いラメセスの地に移り住むところで終わる。

■キアスマスを分析する

ほかのキアスマス構造と同じく、ヨセフ物語にも折り返し点がある。折り返し点を境に、それ以前と以後とは逆の配列で同じテーマが展開する。ヨセフが正体を明かす(X)前にA、B、C、D、E、Fの六つのストーリーがあり、その後にも六つのストーリー(F', E', D', C', B', A')がある。キアスマスはしばしば回文にたとえられるが、この場合は通常の回文とは異なり、音韻ではなくテーマによる対称性を持つ。このキアスマスによって、もともと統一性が明らかなストーリー全体がさらにしっかりと結び合わされる。

A〜Fのすべては、ヨセフが試練を経て兄弟たちの罪を取り扱い、悔い改めに導くための地位に上ることができるように構成される。F'〜A'はその解決である。ヤコブの家族はエジプトに移住し、ゴシェンの地に落ち着く。ききんは続く。しかしヨセフは彼らを養う。ヨセフの子らはヤコブの祝福を受ける。ヤコブは息絶える。110歳まで生きた後ヨセフも死ぬ。

記者は、ヨセフ物語を創世記の中に芸術的な手法で編入しただけではない。創世記全体の最後の言葉「エジプトで」は、ヨセフ物語の最後にもふさわしく、かつ、出エジプト記へと自然にストーリーを接続するものである。

キアスマスの構造は、次のような原則にしたがっている。

  1. それぞれのストーリーのはじめに、その大筋が示される。対になって並行するストーリーは、ヨセフ物語全体の始まりと終わりから中心に向かって、A-A'、その内側にB-B'、さらにその内側にC-C'、のように配列されている。

  2. あるストーリーの中で対概念やモチーフやアウトラインなどが示された後、そのストーリーの対である後半のストーリーの中に、それらを指し示すようなテーマが出現する。したがってテーマは重要度の順に並んでいるわけではない。それらは前半のストーリーで示された順序、つまり、キアスマスの対の最初のアウトライン(A-A'、B-B'、C-C'のうち、ダッシュのない方)に現れた順序で現れる。いくつかの例外を除いて、ヨセフ物語がこのようにいろいろなテーマを用いる目的は、ストーリーをグループごとに制御するためであると推測される。多様なテーマによって各ストーリーが単なる言葉の羅列にはならず、対応したストーリーごとにグループを形成するのだ。

    このようにストーリーの並行関係による対応が明らかになってはじめて、FとF'の間に置かれた中心部(X)、すなわちヨセフ物語全体の折り返し点を発見することができる

  3. 対とは別の構造を表すキーワードが存在する。つまり、A-A'、B-B'、C-C'のようなストーリーの対を示すのではなく、AからBへ、BからCへ、・・・F'からE'へ、E'からD'へ、・・・のようにストーリーを接続していくキーワードである。これらはキャッチワード(索引語)と呼ばれるもので、ストーリーの対概念ではなく、直線的な展開の方向を示す機能を持つ。

以上のように、入り組んだストーリー構造がテーマおよびキャッチワードによって組み上げられているので、これらの概念について少し述べておきたい。テーマやキャッチワードにはいくつかのタイプがある。最も目立つタイプは、対にされたり連続したりするストーリーどうしの中で同じ単語をくり返すという方法である。もうひとつのタイプは、同じでない単語や、語幹は同じだが語形変化した単語を標識として使う方法だ。まったく異なる語根から派生していても音が似ている単語どうしが、テーマやキャッチワードとして使われている例は存在する。さらに、意味や含蓄が似ているだけ、という場合もある。このようにいろいろなテーマやキャッチワードの形態があるが、すべてに共通するのは「連結する」という機能だ。これらが使い分けられてストーリーの各部分が、全体を有機的に構成している。

 
 
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