II. サウルの支配・罪・神の拒絶(第一サムエル記8-15)
2番目の大きなストーリーのまとまりは、サウルの王国の確立、サウルの罪、サウルが王位からしりぞけられるストーリーだ(概略2)。主がサウルをイスラエルの王として選んで始まり(A)、主がサウルをイスラエルの王位からしりぞけて終わる(A')。この箇所は「明−暗」という形式の構造を持つ。サウルについての良い内容で始まり(アモン人に対する大勝利が頂点)、サウルの罪と神による拒絶で終わる。対称的な構造によってサウルの歩みの暗転がはっきりする。中心にサムエルの送別の言葉が置かれる。
■概略2 サウルの支配と神による拒絶(第一サムエル記8-15)
A イスラエルがラマで王を求め、神がサウルを選ぶ(8:1-10:16)
−イスラエル人、ラマでサムエルに会う
−神がサウルを選び、サムエルが宣言する
−サウル、自分が最も小さい者で、選びが不適切だと述べる(9:21)
−神はサウルの心を変えて新しくされた(10:9)
−サムエルがギルガルでいけにえをささげると約束する(10:8)
−サウル、ギブアに行くが家には行かない(10:9-16)
B サウルがくじによってミツパで取り分けられる(10:17-27)
−くじがサムエルのために神のみこころを告げ、サウルを王とする
C 戦いの用意とアモン人に対する勝利(11:1-13)
−サウル、大軍を集める:330,000の兵士
−サウル、1くびきの牛を切り分けて徴兵に成功する
−七日間待って勝利する
X サムエルの送別の言葉(11:14-13:1)
C'ペリシテ人に対する戦いの用意(13:2-15)
−サウル、惨めなほどわずかな軍勢しか集められない:600名の兵士
−無断でいけにえをささげて徴兵に失敗する
−七日間待てずに神に責められる
B'サウル、くじによってミクマスでかろうじて勝利する(13:16-14:52)
−くじはサウルに神のみこころを告げない:
ヨナタンは実際には罪に定められるべきではなく英雄であった
A'神がサウルを王位からしりぞける:アマレクとの戦いにおけるサウルの罪(15:1-35)
−サムエル、ラマに戻り、二度とサウルを見ない
−神がサウルを王位からしりぞけたことをサムエルが告げる
−サウル、自分を小さい者と思う(15:17)
−サウル、去ろうとするサムエルの衣のすそをつかんで裂く(15:27)
−サウル、神に逆らってギルガルでいけにえをささげる(15:21)
−サウル、ギブアの家へ戻る
第一サムエル記8章にある四つの対話は目立ったキアスマスだ。それぞれの対話において話す者と聞く者とが交互に反転している(概略2.1)。
■概略2.1 第一サムエル記8:5-22)
A 民、サムエルに語る(5)
B サムエル、主に語る(6)
C 主、サムエルに語る(7-9)
D サムエル、民に語る(10-18)
D 民、サムエルに語る(19-20)
C'サムエル、主に語る(21)
B'主、サムエルに語る(22a)
A'サムエル、民に語る(22b)
キアスマスの中心はサムエルと民の対比である。読者の期待に反して、主と民が直接対立する図式ではない。しかし、会話のキアスマスの中で次のことが明らかだ。つまり、主はイスラエルの民の願いを好ましいとは思っておられないが、それをすぐに否定されない。ただ黙って民の意志をくつがえされる。
第一サムエル記12章は四つの部分に分かれる。12:13が中心部である。
■概略2.2 第一サムエル記12:1-25
A サムエル、自らの契約への忠実を民の前で主張する
主と主に油注がれた者とが証人となる(1-5)
B サムエル、出エジプトと士師の時代の神の義による支配の歴史を語る(6-12)
X サムエル、民のわがままで反逆的な欲求を神が許したことを宣言する(13)
B'サムエル、従順による契約の祝福と、反逆による契約の呪いを語るが、
雷と雨の奇跡により、呪いの側面が強調される(14-19)
A'サムエル、民と新しい王に契約の忠実を守るよう告げる(20-25)
サウルの滅びのストーリーは13章から15章でまとめて強調されるが、その後もサウルは散発的に登場する。ダビデの王権の確立のストーリーとサウルの滅びのストーリーはからみ合ったまま、第一サムエル記の終わりまで続く(16:1-28:2)。13章から15章までの箇所は、それより前の部分と後の部分からは独立しているのだ。
8章から12章において、国の危機を乗り越えた後のサウルの支配権が目を引く。サウルの滅びが始まる13章は、南部イスラエル出身の王の支配を告げる慣用表現で始まり、15章がサムエルとサウルの決裂で終わっている。次いで16章は、ベツレヘムでエッサイの子に油を注ぎ、サウルの代わりの王とせよ、というサムエルに対する神の命令で始まる。
以上のように第一サムエル記13章から15章までのストーリーは、8章から12章までと16章以降とを橋渡しする重要な役割を果たしている。13章から15章までは、次のようなキアスマスである。
■概略2.3 第一サムエル記13-15
A サウル、サムエルに叱責される(13:1-15)
B サウル、ペリシテ人と戦う(13:16-14:23)
X サウル、ヨナタンを呪う(14:24-46)
B'サウル、さらに戦う(14:47-52)
A'サウル、王位からしりぞけられる(15:1-35)
サウルに対するサムエルの最初の叱責(A)は、最終的に神がサウルをしりぞけたこと(A')と並行する。また、ペリシテ人に対するサウルの勝利(B)は、ほかのさまざまな敵(ペリシテ人を含む)への勝利(B')と並行する。そして、サウルが自分の初子であり後継ぎであるヨナタンを処刑しようと決断する箇所(X)が、13章から15章までのストーリーの中心である。
イスラエル人とペリシテ人とが交互に恐れおののく箇所(13:5-7、14:15-23)において、両者の立場の逆転がはっきりする。また、始まりと終わりから中心に向かって展開するストーリーの中で、サウルとヨナタンの態度と行いが非常に対照的に描かれる。
■概略2.4 第一サムエル記13:5-14:23
A ペリシテ人がベテ・アベンの東に陣を敷く(13:5)
B イスラエル人、困窮する(13:6a)
C イスラエル人、ほら穴や奥まった所に隠れる(13:6c)
D イスラエル人、ヨルダン川を越えて逃げる(13:7a)
E サウルの民、震え上がる(13:7c)
F
失敗の頂点:サウルの薄い信仰がサムエルに叱責される
F'回復の契機:ヨナタンが信仰によってペリシテの軍勢を破る
E'ペリシテ人、震え上がる(14:15、19-20)
D'ペリシテ側のイスラエル人、サウルの側に立つ(14:21)
C'隠れていたイスラエル人、出てきて戦いに加わる(14:22)
B'主がイスラエルを救う(14:23a)
A'戦いがベテ・アベンに(西方へ)移る(14:23b)
14:24b-35の箇所のはじめの部分にはキアスマスがある。
■概略2.5 第一サムエル記14:24b-35
A サウルが民に呪いの誓いをさせる(14:24b)
B 「民はだれも食物を味見もしなかった」(14:24c)
X 試み:森には蜜があった(14:25)
B'「だれもそれを手につけて口に入れる者はなかった」(14:26c)
A'「民は誓いを恐れていたからである」(14:26d)
第一サムエル記14:23b-35の文脈全体もキアスマスである。
■概略2.6 第一サムエル記14:23b-35
A サウルが禁令を発する(14:24)
B 軍勢:従順(14:25-26)
C ヨナタン:知らずに不従順(14:27)
X サウルの誓い(14:28)
C'ヨナタン:知りながら不従順(14:29-30)
B'軍勢:律法違反(14:32-33d)
A'サウルが祭壇を築く(14:33e-35)
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