IV. ダビデの逃亡(第一サムエル記21-31)
4番目の大きなストーリーのまとまりは、ダビデの政治的逃亡者としての生活であり(概略4)、七つの部分からなるキアスマスである。記者は、ダビデが神のみこころにかなう者であることを明らかにするためにじっくりとストーリーを展開する。神がサウルの狂った嫉妬からダビデを守り続けてくださることを詳しく説明するのだ。21章から31章は、第一および第二サムエル記全体の中心部にあたる。サウルがダビデを殺そうと謀ることから始まり、最終的にサウルが死んで終わり、ダビデにイスラエルの王権が明け渡される。
■概略4 ダビデの政治的逃亡者としての生活(第一サムエル記21-31)
A ダビデ逃亡する:サウルがアヒメレクとその家族を殺す(21:1-22:23)
−ダビデが主の大祭司から助けと主のみこころを求める(22:15と対称的)
−主の祭司が腹を空かせたダビデとその一行に主にそなえたパンを与える
−ダビデが、ゴリアテの首をはねたときの剣を与えられる
−イスラエル人、次第にダビデのもとに集まる
−ダビデ、ガテの王アキシュから逃れる
B ダビデ、ユダのケイラの町をペリシテ人の手から守る(23:1-18)
C ジフ人の裏切り:ダビデ、サウルの命に手を下さない(23:19-24:22[23:19-24:23])
−始まり:ジフ人がギブアのサウルの家に行って告げる:
「ダビデがエシモンの南、ハキラの丘の要塞に隠れている」
−ダビデ、サウルを殺さずに上着のすそだけを切り取る
−サウルは「これはあなたの声なのか。我が子ダビデよ。」と言った(24:16-17)
サウルが自分の罪を認めて家に帰る
−終わり:サウルが家に帰り、ダビデは要塞に戻る
X サムエルの死、ダビデとアビガイル(25:1-44)
−アビガイル、将来のダビデの王権を語る
C' ジフ人の裏切り:ダビデ、サウルの命に手を下さない(26:1-25)
−始まり:ジフ人がギブアのサウルの家に行って告げる:
「ダビデがエシモンの東、ハキラの丘に隠れている」
−ダビデ、サウルを殺さずに槍と水差しだけを取る
−サウルは「これはあなたの声なのか。我が子ダビデよ。」と言った(26:17)
サウルが自分の罪を認めて家に帰る
−終わり:ダビデが立ち去り、サウルは家に帰る
B'ダビデ、ペリシテ人を「守り」ながらユダの町をペリシテ人から守る(27:1-12)
A'主がサウルとその子らをギルボアの戦いで殺す(28:1-31:13)
−サウル、主のみこころを求めるが失敗する(過去に祭司の一族を殺した)
−サウル、霊媒師によって事を探ろうとする(律法で禁じられた行い)
−ダビデ、エブヤタルにより主のみこころを知る(エブヤタルはサウルが殺した祭司の一族の生き残り)
−霊媒師、サウルに食事を与える
−サウル、ペリシテ人の剣によって首をはねられる
−サウルの軍勢が散らされる:イスラエル人、ヨルダン川東方に逃げる
−ダビデ、ガテの王アキシュとペリシテ人のもとを去る
この「ダビデの逃亡(第一サムエル記21-31)」は、第一および第二サムエル記全体の中心である。ダビデの最初の逃亡で始まり、ノブの祭司たちが殺されるなどのストーリーが組み合わせられて一定の構造をなす。終わりは、ギルボアの戦いでのサウルの死に関連した、驚くほど長い陳述である。
アビガイルがこの箇所の中心であることは興味深い。ストーリーは、一見したところ中心になりそうもない。クライマックスや折り返し点には見えないのだが、次の点を考慮すればこの箇所が中心だといえる。
- サムエルの死で始まる(25:1)
サムエルの死は、当然ながらサムエル記の非常に重要な折り返し点となる。
- 主要テーマが語られている
アビガイルの注目すべき語りの中に、サムエル記全体のいくつかの主要テーマが含まれている。
a. ダビデ自身が復讐を行なうことが妨げられる(25:26, 31)
b. ダビデは潔白である(それはダビデの一生の間続く 25:28)
c. 神の祝福と御手の守り(25:29)
d. ダビデをイスラエルの王とし、王座を永遠に立てる神のみこころ(25:28, 31)
第一サムエル記25章は、それ自体がこの4番目の大きなまとまりの中心である。また、単に中心を指し示すだけでなく、前後の24章と26章とを並行させる折り返し点としても機能している。25章はダビデの友サムエルの死で始まる。終わりには、サウルがいったんダビデに与えたミカルを他人の嫁にしてしまう、つまり、ダビデを死んだ者とみなすのだ(25:44)。
したがって、25章を「ダビデの生涯の最大の苦難の折り返し点」として読むことが可能だ。しかし同時にダビデは賢い妻(アビガイル)を獲得している。アビガイルはダビデを説得して大悪党ナバルへの攻撃を思いとどまらせた。
24章と26章でサウルは大きく扱われているのに、両者にはさまれた25章では、サウルは最後の1節にしか登場しない。あたかもナバルが、サウルの分身として象徴的に登場しているかのようだ。
■概略4.1 第一サムエル記25:1-44の構造
A サムエルが死ぬ(1a)
B 逃亡中のダビデ、富むナバルと美しい妻アビガイルの住居の近くに来る(1b-3)
C ナバルに助けを求めて無礼な拒絶に会い、復讐の用意をする(4-13)
D アビガイル、ダビデのために食物を用意する(14-19)
X ダビデ、アビガイルに会う(20-35)
D'アビガイル、食物をむさぼり食うナバルを見る(36-38)
C'ナバルの死を聞き、ダビデは主の復讐をたたえる(39a)
B'逃亡中のダビデ、美しいアビガイルを第二の妻とする(39b-43)
A'サウルがダビデを死人のようにみなす(44)
■概略4.2 ダビデの逃亡生活の前半部(第一サムエル記21-22)
A ノブの祭司アヒメレク、ダビデを助ける:エドム人ドエグが見る(21:1-9[21:2-10])
B ダビデ、ユダから逃れてガテに行く(21:10-15[21:11-16])
C ダビデ、アドラムのほら穴に隠れる:家族が集まる(22:1)
X 四百人がダビデの集団に加わる(22:2)
C'ダビデ、両親をモアブに移す(22:3-4)
B'ダビデ、ユダに戻る:ハレテの森(22:5)
A'ノブの祭司アヒメレクと家族、エドム人ドエグに裏切られる: サウルがドエグに彼らを殺させ、エブヤタルが生き残る(22:6-23)
第一サムエル記22:6-23(A')は、次のような二重の機能を持つ。
- 祭司エリの家を絶やすという主の約束(I列王記2:26-27)の成就
- 神にしりぞけられたサウル王の祭司職への侮りと、選ばれた王ダビデの祭司(神のみこころの仲介者)を敬う心の対比
■概略4.2.1 第一サムエル記22:6-23の構造
a サウル、家来を叱咤する(6-8)
b ドエグ、アヒメレクのことを告げる(9-10)
x サウル、アヒメレクと一族を罪に定める(11-17)
b'ドエグ、アヒメレクと一族を殺す(18-19)
a'ダビデ、アヒメレクの息子を守る(20-23)
■概略4.3 サウルの死(第一サムエル記28-31)
A 導入:戦いの準備:背景(28:1-4)
B エン・ドルの霊媒の託宣:サウルと息子たち、翌日死ぬ(28:5-25)
C ダビデ、ツィケラグに戻る:家族が捕虜にされる(29:1-30:6)
X アマレクに対する勝利:主がダビデの勝利を約束する(30:7-25)
C'ダビデ、ツィケラグに戻る:家族を救出する(30:26-31)
B'エン・ドルの霊媒の託宣が成就:サウルと息子たち、死ぬ(31:1-7)
A'結び:戦いの後:サウルと息子たちの遺体を取り戻す(31:8-13)
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