W・D・レイミー著
松田出訳

 


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要素B-B'の並行

B ヨセフの死が告げられる。ヤコブ嘆き悲しむ(37:12-36)
B'ヤコブ死ぬ。ヨセフが埋葬する(49:29-50:14)


リベラル派の聖書批判がむやみと引き起こした多くの問題を解決する上で、キアスマス構造に注目することがどれほど役立つかが、これまでにも示されてきた。テキスト解釈上の二次資料問題については特にそうだ。

このような例としては、突然登場する見知らぬ人物(創世記37:15-17)をめぐる解釈がある。兄たちを探すヨセフに道を教える人物のことである。

文脈をよく読めば、この箇所が不可欠な要素であることはわかるはずだ。この人物は、創世記50:11「その地の住民のカナン人」に対応してBとB'のバランスを維持している。もう一点ある。リベラル的解釈では、創世記50:11も二次資料として付け足されたのだと決め付けるが、BとB'を連結するために設計された数々のテーマ群の中で、後代につぎはぎされた「二次資料」が適切な対応関係を保っているのは奇妙な話である。

BとB'を対応づけるテーマは次のとおり。

  1. 37:15-17で、ひとりの人がヨセフを助ける。50:11では、ヨセフとパロの家臣団がヤコブの死を嘆くのを地元のカナン人が見る。

  2. 動詞語幹 謀る)のヒトパエル態が37:18で使われ、無関係だが音が似ている動詞語幹 食べさせる)が50:21で使われる。

  3. 同様に動詞語幹 調べる)が37:32-33で使われ、50:5でヨセフはヤコブの言葉を引用して 私は掘った)を使う(動詞語幹は hrk)。

  4. 動詞語幹 喪に服する)が、37:34-35にあるヨセフのためのヤコブの嘆きと、50:10-11にあるヤコブのためのヨセフの嘆きとを連結する。
 
 
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